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出会いはインターネットだった。1999年のこと。ぼくは「週刊宝石」でDragon Ashのシングル「Let yourself go, Let myself go」について「こんなのはビースティー・ボーイズの猿真似で、つまらない」みたいな悪口を書いた。そしたら当時、笠置彩ちゃんが運営していた「亀吉掲示板」というサイトにDragon Ashファンの人たちが大挙押し寄せて「亀吉死ね」とか「何も知らないくせに」とか「人を不快にして喜ぶなんてあなた最低ですね」とか、沢山書き込みをしてくれて大いに活況を呈した。今で言う炎上というやつだ。ぼくは罵詈雑言に一個ずつ丁寧に返信したりして、騒動を楽しんだのだが、その中で、馬場育三という人が好意的なことを書き込んでくれて、ファンの皆さんがまた騒然とし始めた。ぼくは全然知らなかったのだが、この人はDragon Ashのベーシストで、どうやら本人らしいということが判明して興味はほとんど別の方向へ行ってしまい、騒ぎはいつしか鎮火したのだった。そのサイトはもう無いのだが、ほぼすべてのテキスト・データを残してある。馬場さんの最初の書き込みはこれだ。
--- (無題) 投稿者:馬場育三 投稿日:1999年05月13日(木)03時56分29秒 俺クイックジャパン読んでる尿。NHKでモーニング娘。に挨拶された、俺もおやじだ、 VIVA LA REVOLUTION!亀基地。物書きだけで食えるといいな。 --- 馬場さんは松本亀吉というライターに興味を持ってくれたらしく、Dragon Ashの出世作「Grateful Days」が収録されたアルバム『Viva La Revolution』には「IKUZO thanks 松本亀吉」というクレジットがあって、驚いた。何をどう気に入ってくれたのかわからないけど、きっとあまり世論を気にせず悪態をつきまくっていた当時のぼくの無茶な姿勢に共感を覚えられたのだろう。 初めて会ったのは名古屋・ダイアモンドホールでのDragon Ashのライヴ。当時ぼくが連載していた『クイック・ジャパン』の北尾編集長を交えて、深夜まで打ち上げをした。今でも覚えているのは会話の中で馬場さんの口から「パナッシュ」という言葉が出て「あぁ、ポール・ハンプシャー」とぼくが言うと「そういう反応をしてくれるのは亀ちゃんだけだよー」と抱きしめられて頬にキスをされたことだ。写真を貼り付けよう。馬場さんはDragon Ashで年下のメンバーと活動していて、同年代の音楽の趣味を共有できる人に飢えていた時期だったのかもしれない。 ![]() 意気投合した馬場さんとぼくは『クイック・ジャパン』で連載記事を作ることになった。ぼくが一人で作っていた「溺死ジャーナルズ・オンマイオウン」という連載を「馬亀時代」と改名したのだ。ぼくは池尻大橋に住んでいて、同じ沿線だった馬場さんとよく会った。お互いの家へ遊びに行ったり、二人で武道館へモーニング娘。を観に行ったりした。馬場さんはぼくの奥さんにも気を遣ってくれて馬場さんの彼女とぼくの奥さんの四人で上馬で焼肉をご馳走になったこともあったっけ。そんな言動をそのまんま記事にしてしまおう、というコンセプトだった。よく知らない人の家に二人で行ってCD棚を勝手に見たり、原宿の違法アイドルショップに潜入して自らDragon Ashの商品を買ったり、とにかく自由なページだった。もし『クイック・ジャパン』のバックナンバーをお持ちの方がいれば28号から36号に「馬亀時代」が載っているので、その内容の酷さを確認してほしい。 馬場さんが亡くなったという情報は、ニュースを見たミック博士がメールで教えてくれた。ぼくはあまり驚かなかった。もともと長生きする人ではないと思っていたからだ。喘息の発作とステロイドの過剰摂取で救急搬送された馬場さんを北里病院へ見舞いに行ったことを思い出した。「救急隊の人が喘息に詳しい人だから助かった。あの人じゃなかったら死んでた」とベッドで馬場さんは言った。 最後に会ったのは、もう9年前だ。大阪城ホールの広い楽屋。30分ぐらい話したはずだが5分ぐらいに感じるほど濃密な時間だった。馬場さんが『Boon』のコラムに書いていた「百円ライターの話」をしてくれた。「使い捨ての百円ライターは使いたいときには見つからなくてどうでもいいとき目につく。それでも、ジッポーは決まってどこかで無くしてしまうから、結局いつも百円ライターを使うことになる。部屋に溜めこんだ百円ライターにはいろんな種類の物があって楽しいし、飽きない。それに本当に使いきって捨ててしまうことなんて滅多にない」。馬場さんの博愛、広くて深い交友関係を象徴するような話だった。 一昨年にTwitterで再会して、新しいアドレスを教えあって「腕が治ったら飲みに行こうね」と言ってくれたが、実現しなかった。すごく残念だ。何をモタモタしていたんだろう、おれは。馬場さんに会わなきゃいけなかったのに、何か他のことをしていたんだな。とても後悔しています。 馬場さんと交わした最後の言葉を妙に鮮明に覚えている。「身体大事にして下さいよ。あと頭もね」とぼくが言ったら、馬場さんは自分の頭を指さして「こっちはとっくに狂ってるぜ」と言い、クルッと背を向けて走り去った。やけにカッコ良かった。それが、ぼくの大切な友人の、最後の姿だった。 あの世などというものは信じないが、もう一度馬場さんに会えるなら、ちょっとだけ立ち寄ってもいいかな、と思う。 ![]()
平賀さち枝『23歳』とは対照的に、ヴィジュアルが楽曲の魅力を嫌というほどサポートしているのが、大森靖子の初CD『PINK』だ。胸の谷間が気になるジャケット写真だけではなくインナーに大きく起用された70年代プログレのジャケットみたいな猛烈にサイケデリックな絵画は彼女自身の筆による。そうだ、大森さんは美大で絵画を学んでいたのだった。
大森靖子の作風は豊田道倫に似ている。具体的なエピソードを想起させる歌詞は極私的で、時に聴く者を突き放す。強いアタックでギターを掻き鳴らし、怒鳴るように大声で歌い、時に聴く者を威嚇する。最後の曲「PINK」の終盤で畳み掛ける激情の独白はあまりに衝撃的で、そのテンションだけを切り取られるとハチ公前のインディーズ政治団体のきちがいアジテーションと同種だと思われてしまうだろう。 きっと好き/嫌いはハッキリ分かれる。アクが強いので誤解も多いはずだ。彼女自身、敬遠されてしまって、居場所がないように思うこともあるに違いない。しかし「コーヒータイム」のようなキャッチーな構成のポップソングも作れる懐の深さを感じさせるところも、豊田に似ている。ロックを追求する彼とはアプローチが違うかも知れないが『PINK』を聴いて豊田道倫の新作を待ち遠しく感じたのは事実だ。 デート中のカップルが乗ってる車のカーステで、FMから「パーティードレス」が流れて、男の子が「なんだこれ。怖い歌だなぁ」と笑って、助手席の女の子が調子を合わせて「そうね」と言いつつ小さな声で(わかるわ)と呟き、彼氏にバレないようにこっそり心を震わせるような、そんなことが日本中で起こるといいな。 ![]() 2012/4/7発売 PINK-001
平賀さち枝の二作目は6曲入りのミニアルバム。昨年『さっちゃん』に夢中になったファンにとっては待望のリリース。白眉は最後の曲「パレード」だ。眩しい風景の描写で紡ぎだすポジティヴな世界観には、少しだけ儚さが滲んでいて、その発声の圧倒的な可愛さと混ざり合って、愛しい。バンド編成の録音でアレンジの幅が広がったが、その中心にある歌声の魅力は安定していて、デビュー作に劣らない名盤だ。
夢は落っこちた だけど素晴らしい 花が咲いている 悲しくはない (「No Music, No Life」) 恋人に語りかける詩であっても、どこか刹那的で「いつかは忘れてしまう」とか「いずれいつかは消える」とかネガティヴな思いが入ってくるのが、平賀さち枝の特長だ。平易な言葉で、正直な気持ちを綴る。その実直な姿勢が共感を生む。昨年『さっちゃん』を繰り返し聴いて抱いた「普通であることがいちばん強い」「平凡な毎日が最も愛しい」という感慨が再び強くなる。 そう考えると「平賀さち枝」とは実に良く出来た名前だ。平賀さんの本名は「幸枝」と書くらしい。「幸」を敢えて伏せてひらがなにしてしまうのは、彼女のスタンスを象徴しているかのようだ。実際は「ゆきえ」と誤読されるのを懸念して「さち枝」にしただけらしいが。 このアルバムの難点を挙げるとすれば、ジャケットやスリーブの写真に平賀さんのキュートさが写し出されていないことだ。いいなと思うカットが一葉もない。面白い顔の子供を撮ることで有名な川島小鳥くんのカメラだが、小柄で童顔というだけで「23歳の平賀さち枝」の撮影に彼を起用したのであれば、それはミスキャスト。ヴィジュアル面で平賀さんの良いところが全然伝わっていないのがすごく残念。 ![]() 2012/4/4発売 KITI-009
「AV30」というシリーズDVDがリリースされている。アダルトビデオ30周年を記念してメーカーを横断して企画されているようだ。2枚組DVDで8時間、パッケージはあえて幅の広いVHSを思わせるサイズで統一されている。
私が学生の頃、アダルトビデオは大きく変化した。深夜に友人の部屋でAVを見ていて「最近の作品は、本当にセックスをしてるんじゃないか」と私が言うと、博識で先鋭的な感性の持ち主である友人が苦笑しながら否定したのだ。「ほんまにセックスしてるわけないやん!そんな映像、犯罪やろ。演技や演技」。26年前の話だ。つまり、時代はまだピンク映画の演技に慣れていて、まさか本当にセックスしているとは信じられない状況だった。その友人は翌年、あるAV女優に夢中になっていた。「ぼくの太陽」という作品で一世を風靡した、かわいさとみだ。こんな美しい少女がカメラの前でセックスしている。その事態に思春期の男子は熱狂した。いつの間にか「AV=本番」ということになっていて、すべて擬似セックスだと思っていた我々は興奮した。「AVって本当にセックスしてるんだ!」という驚異は、それが当たり前の世代にはわからないかもしれない。私は心のどこかに信じられない気持ちがある。「自分のセックスを公開する人が本当にいるのだろうか」という原初的な疑念が十代の自分のモラルに染み付いていて、今でもAVを観ると「うわっ、本当にしてる!」と少年のように興奮する。そう考えると、私は今45才なのですが、幸運な世代なのかも知れない。 これまでリリースされたAV30シリーズで唯一、監督の名前を冠した作品が「メーカー横断ベスト!!! カンパニー松尾8時間」だ。彼はカメラを持ったまま自分のセックスを撮影する「ハメ撮り」の第一人者だ。彼の見せるすべての情事には、そこに至る偶発的/必然的な過程があり、彼は映像やテロップで、その温もりや儚さ、昂ぶりや哀しさを描写していく。もちろん、その性技と精力がセックスのクオリティを高めているから「単純に劣情を処理するためだけ」にAVを観る人にも有効だ。「カンパニー松尾のAVじゃないとヌケない」というファンがいても不思議ではない中毒性がある。 カンパニー松尾はポルノグラフィにエモーションを吹き込んだ稀代のアーティストだ。彼がいつか死ぬとき、メディアはどんなふうに報じるだろう。その頃にはAVの市民権もさらに大きく変容しているはずだ。おそらく彼の作品はすべてアーカイブとして国立新美術館に展示されるだろう。多くの未来のアーティストが訪れ、彼の描いた究極的な恋愛の映像に震撼するに違いない。どんな私小説よりスイートで、どんな恋愛映画よりもせつなくて、どんなハプニング・アートより衝撃的で、どんな音楽よりロックな、カンパニー松尾の作品は芸術として世界に認められるべきだ。 「AV30」は今後も多くの作品がリリースされるようだ。個人的には白石ひとみ、森川いづみ、杉本ゆみかといった懐かしい顔ぶれの「美少女AVの頂点(90年代セレクション)」、堤さやか、河愛杏里が収録されている「AV女優日本代表 ロリータ☆JAPAN」が興味深い。長瀬愛、穂花/沙雪の名作を収録した「AV30年史 ② 最高にエロいSEX編」も必見だ。つーか、河愛杏里が入ってる段階でこのシリーズは信頼できる。AV30を揃えて、この機会に書斎に隠しているVHSをすべて処分するのもよいかも知れない。 http://www.av30.jp/
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