あんにょん由美香

友人から「サマソニに出ます」というタイトルの同報メールが来た。すごいじゃんと思って、よく読むと、サマーソニックのルーキー枠みたいなのにエントリーされWEB投票の結果によっては出演できる、という話らしく「よろしければご協力いただきますと助かります。携帯からも投票できます」と書いてある。

彼はこのままで良いのだろうか。プロとして活動するために東京へ引っ越したのが数年前だ。「サマソニに出れるかもしれないからここクリックして」ってメールを大勢に送って、それで良いのだろうか。プロの音楽家がすることとは思えないのだが。

おれは彼の書く曲が大好きで、もう10年近く愛聴している。しかし、昨日のメールにリンクされていた投票サイトに彼の最近のライブ動画が貼ってあって、見たが、正直、成長が感じられない。むしろ、以前おれが感じていた彼の魅力が減退している。

だから投票しませんでした。今のままではサマソニ出ないほうが良いと思うから。



『あんにょん由美香』のサンプルDVDをいただき、見ました。
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終盤泣きました。豊田道倫の「新しい仕事」という曲が流れるシーンです。

死によって、その人と会えなくなるのは悲しいけれど、いつでも自由に思い出すことはできる。

そんな想いが言語や国境を超えて共有される瞬間。それは滅多に見れるものではないと思う。

デリケートなテーマの突撃系ドキュメンタリーだけに複雑な表情の出演者も多いが、それは、林由美香が多くの人にとって特別な存在だったという証明だろう。と、書いて片付けてしまうのは簡単だ。

たとえば、この作品での平野勝之さんは松江監督に対してなんだか高圧的だ。まあ松江監督もどこか「イジメられ顔」なんですけれども。あんまり書くとネタバレですが、路上で大の字でオナニーしてみせるほど痛快な平野さんや、あらゆる作品で軽妙なセックスを披露し続けるカンパニー松尾さん。日本でも指折りの豪胆な男たち、タフガイ日本代表みたいな彼らさえナーバスになる「林由美香の死」。一方で「”幻のラスト・シーン”のセリフを書き換えよう」と言いだす韓国人監督=ユ・ジンソンの大らかさ、優しさ。そして、そこで簡単に涙してしまう、観客としてのおれ。

そこには「他人の死」に触れたときの、死者との緊密性による温度差。さらにそれを映画として不特定多数に見せようとするときの手法、伝わり方、その温度差が厳然としてある。平野さんや松尾さんの「乗り気じゃない感」は、この歴然たる「死を受け取る温度差」が、商業映画のテーマとして、ポップな宣伝文句で、均一化されてしまうことへの懸念、不快感に因るのではないだろうか。そうした構図で俯瞰すると、この映画は林由美香の死を巡る「おくりびと」ならぬ「うけとりびと」たちのドキュメントで、それは観客であるわれわれをも巻き込んでいるように思う。

平野さんが松江監督に対して「誤魔化すような真似するなよ」と睥睨するシーンがあるのだが、平野さんにとって、結局この映画はどうなのだろう。「やっぱり誤魔化しやがって」「キレイにまとめやがって」みたいな否定的な感情を抱かれているかもしれない。

おれは傍観者たる観客なのだが、いつも豪放磊落なセルフ・ドキュメンタリーの巨匠たちが伏し目がちになる、その素顔を撮れたという点だけでも、松江監督を評価したいし、もちろん韓国スタッフとの温かい交流といった大衆的なストーリー性、華沢レモンや韓国語通訳のお姉さんのエロさ、など。良い映画だと思いました。



幸福の科学の幸福実現党がうちの近所で街宣してるんだけど、驚くほど内容のない演説で、うるさいやら笑えるやら。「幸福実現党は消費税をなくします」「北朝鮮からのミサイルを防ぎます」「日本をGNP世界一にします」。本当に、それしか言わないの。具体的な政策とか、今の行政についての問題提起とか、なし。ただ、このかなり実現困難な3点だけを延々と繰り返す。面白いけど、うるさいし気持ち悪いから死んでほしい。
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by kamekitix | 2009-06-21 11:19 | Diary
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