20110311

ちょっと厄介なビル・オーナーの会社に呼び出されて、K部長と二人で外苑前から赤坂見附まで銀座線。
アポイントは14:30。
ニューオータニの隣の瀟洒なビルの6F。素敵な応接室に通されて、商談を始め、話題が核心に迫ったあたりで、すごい地震。

どうも赤坂にいるとろくなことがない。
赤坂とか溜池山王とか、おれはきっと相性が悪いのだ。
それにしてもこんな目に遭うとは。
恐るべき鬼門。

横揺れが長く続き、全員で広い大きな丸テーブルの下に避難。

商談は中止。机の上に外れかけた天井の破片が飛び散って、出されたお茶がこぼれた。何だか先方とは机の下で打ち解けてしまった。

部長と246を歩いて青山まで帰る。

途中で大きな余震。赤坂御用邸の前だった。街路樹に抱きついて、向かい側のビル群がグラグラ揺れるのを見て、恐ろしくなった。

東京、震度5。

ワンセグで震源が東北だとわかり、仙台にいる部長の家族を心配しながら帰社。深夜まで東北地方の社員の安否を確認。盛岡支店の三人が、消息不明。

地下鉄も私鉄もJRも全部止まったので、青山通りは歩いて帰宅する人たちの大群。靴屋さんは店頭にスニーカーを並べ、自転車屋さんには行列ができていた。

0時半に、自分の自転車で帰宅。

USTREAMでTBSが被災地の惨状を伝える。恐ろしい津波。壊滅状態の町があるという。何千人の命が奪われたのだろう。原発に異常があるという情報の恐怖。これは現実なのか。悪夢のようだ。

一日200view程度のこのブログだが、もしかしたら被災地で携帯の充電を気にしながら読んで下さっている人がいるかもしれない。

不安な日が続くと思いますが、どうか頑張って下さい。
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by kamekitix | 2011-03-13 03:14 | Diary
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