サマー☆ダイアリー2015パート1

3月1日
磯部涼のツイートがとても寒かったので茶化したらブロックされたのはまだしも九龍ジョーさえも怒り心頭っぽいディスを残しておれをブロックした模様。茶化されるの嫌なんだな。悪いことをしてしまった。数年前にもこの二人に悪態をついたことがあるのだが(たしか『ライブテープ』という映画の宣伝資料についてだった)、そのとき磯部&九龍はおれの勘違いを窘め諭してくれて関係を保ったはずだ。それがどう今回。ちょっと時代のバトンに触れただけでこの対応。すげーな「時代のバトン」。というのが憎まれ口で、実際、ライター廃業とか紅白レビューとか、ここ数年のヘタレっぷりですっかり呆れられているという空気を読めずに先輩風を吹かせ続けようとしたおれの果てしなく恥ずかしくだらしない失態。嘗て酒杯を交わした積年の知人たちとの交流が一文の軽率な投稿で断絶されてしまうのは大変寂しいが百パーセント自業自得。

3月9日
豊田道倫 & mtvBANDの新曲がDropboxで。冷牟田敬のソロ・アルバムがCDRで届いた。mtvBANDはなりすレコードから7インチ・アナログ盤でリリースされる「I Like You」。ファニーなほどキャッチーなパンク・チューン。24才のパラダイス・ガラージみたいなフレッシュネス&ラッスンゴレライ。長い轟音アウトロも最高。久下さん素晴らしい。「私の望むものは」の歌詞には何度も噴き出した。レッド・クレイオラからマイブラ経由でいよいよ想い出波止場に肉薄するmtvBANDは今年も凄い。冷牟田敬『noise myself』はいろいろなものに似ているようで何にも似ていない。自分の知る範囲でいちばん近いのはアスカ・テンプルのミニマリズムか。4ADやドゥルッティ・コラムのような端正かつ幽玄な反響は綺麗にゴシック趣味を回避しマイブラ的狂気を孕んだ轟音が凄まじく歪む。弓場宗治が生きていたらさぞかし激賞しただろうな。冷牟田くんがシスターポール好きなのもよくわかる。ディスコミュニケーションの果てにのみ炸裂し輝く孤高の美しさ。アーティストは群れたらお終いだ。

3月11日
夜、横浜に住む甥と栄で会食。会うのは14年ぶりで当時彼はまだ8才だったから実質初対面みたいなものだ。卒業旅行の帰途、名古屋で一泊するついでに叔父であるおれに会いたいとLINEが入った。隔世遺伝というのだろうか、おれの父親すなわち彼の祖父のDNAを濃く受け継いだようだ。姉貴にもおれにも遺伝しなかった松本哲郎という人の生真面目、潔癖などが彼の血液には引き継がれたようで、若き日の父親はこんな感じだったのだろうかと思うと懐かしいような不思議な夜だった。記憶力が良いらしく、嫡男であるおれよりも松本家の家系に詳しい。昭和のプロ野球についてもよく話せ、おれが南海ホークスのファンだったと言うといきなり「南海といえば久保寺内野手は残念でした」「確か大石大二郎の同級生でしたね」「野村監督が南海を離れた後すぐブレイザー監督でしたっけ。ああ広瀬監督がいましたっけ」などとアラフィフのパリーグ・マニアにしかできない話をガンガンしてくる。異常な情報量と朴訥とした話し方が面白い。今春筑波大を出て厚生労働省に就職するらしい。適任。

3月12日
中川さんという社員が持病で倒れて意識不明。54才。独身で親戚も遠方なので、いろいろたいへん。容体は重篤。おれは簡単に、絵に描いたようにダメージを受けてしまい、明らかに心因性の食欲不振。珍しく夕食時に動悸と抑うつ。

3月15日
心安らぐ日曜なのだが、美しい妻と朝食をとる穏やかで愛しい時間にさえ脳に不穏な暗雲が立ち上る。ソラナックスとパキシルを併用。毎月の通院が隔週になった。おれはケミカル志向のジャンキーだ。セックス、ドラッグ&乃木坂46。

3月20日
センバツが始まったりして年中でもっとも心の浮かれる時期なのだが酷く低調。朝から晩まで自分の脳の具合について考えている。「ストレスとプレッシャーは生き物だ。そいつらには特性がある。逃げる者しか追わない」という文章をタンブラーで読んで共感。そうだ。逃げずに受け入れよう。吐き気、フワフワ、ユーツな気分、すべて受けて立つのでどんと来い。パキシルCRの効果が出るのは早くても二週間後らしい。早よ効いて。「サイゾー」から森高千里についての原稿依頼。中矢くんという編集者のオファーは無条件で受けることにしている。彼には抗いがたい何かを感じる。アルケミー広重社長から花電車のライブCDのサンプル盤をいただく。おれが20才のころに録音したカセットの音源が、ある人を介して野間さんに渡り、今回3曲収録されている。28年にもわたって自分しか聴いてなかった記録が世界に公開されるという経験はあまりないことだ。妻がコーヒーに凝っていて、図書館で借りた本に載っているドリップについての記述をノートに書き写している姿がめちゃくちゃ可愛い。

3月26日
写真家の金子山と栄で晩餐。最近大森靖子の写真集を撮ったので明日名古屋クアトロで行なわれる彼女のライブの物販係として帯同したらしい。てっきりパルコの上のクレストンか近くのザ・ビーに泊まるのかと思ったらバンド・メンバーの宿泊は東別院のビジネスホテルとのこと。なかなか渋いなエイベックス。住吉町を往来するセクシー名古屋嬢たちに目を奪われてもう一軒行きたそうな金子くんの誘いをきっぱり断って帰る。この数週間、読書はスティーグ・ラーソン「ミレニアム」。3パート各上下巻の6冊を揃えた。精巧すぎるフィクション。恐ろしいほどにエキサイティング。神経乱高下の一因は「ミレニアム」にもあるのではないかと思うほど。

4月1日
入社式のスタッフとして前夜から東京。茅場町のホテルで大阪の後輩と食事。朝ひとりで地下鉄を乗り継いで豊洲からゆりかもめ。新橋からは混んでて乗れないだろうとおれの脳内ツールスレン予期不安センターから連絡があった。台場のホテル日航でフレッシュマン150名を迎え入れる。正午すぎ名古屋の営業部長からメールあり、くも膜下出血で危篤だった中川さん死去の報。ほぼ同じ時刻に太田出版の北尾さんからメール。こちらも訃報。

4月4日
大塚幸代さんの訃報が公表された。もう何年も会ってないから詳しいことはわからないけど時々ブログを覗くと陰鬱な文章が多かったので心因性なのかもしれない。とても残念で、悲しい。彼女に初めて会ったのはたぶん1997年。「クイック・ジャパン」でおれのページを担当していた土田さんという編集者が、おれは苦手で、幾度となく険悪なムードになり、編集長北尾さんはもはやそれを楽しんでいるふうだったが、ついに双方「これ以上無理」という状況で新たに担当として着任したのが大塚さんだった。豊田道倫が飛ぶ鳥を落とす勢いだった時期なのできっとパラダイス・ガラージのライブの打ち上げかなにかで初めて会ったのではないかな。おれは99年に会社の転勤で一年だけ東京に住んだのだが、その期間は大塚さんにずいぶんお世話になった。部屋を探すときから彼女を呼び出して三茶のミニミニについてきてもらった。池尻大橋の少し広めのワンルームを借りたのだがミニミニのひとはきっと大塚さんをおれの恋人だと思ったに違いない。思えばあの一年間は大塚さんと仕事をするためだけに東京に住んでいたようなものだ。毎号の連載と、太田出版で単行本を作る企画を彼女が担当していたので毎日のようにメールのやりとりをしていた。表紙や装丁にもずいぶんわがままをお願いして、とうとう刷り上がった日、当時おれが勤めていた山王パークタワーまで『歌姫2001』を30冊、紙袋に入れて持ってきてくれた。スタバのオープン席でおれを待っていた大塚さんの笑顔を忘れることはない。その後、彼女は太田出版を辞めてライターとして活動していた。ボーカルをやっているといって聴かせてもらったシベリアなんとかいうバンドの音源がすごく気持ち悪くて率直な感想を伝えたら疎遠になってしまった。だって気持ち悪かったんだもの。2012年の年末まで三年半東京に住んでいたとき(いわばおれの第二次東京期)は、大塚さんに一度も会っていない。「イベントをやっているのでいつかDJをやってください」とメールをくれたことがあったが具体的な展開はなかった。おれが東京を離れるとき、大塚さんはこんなブログを書いていた。中川さんの葬式と重なってしまい、川越へは足を運べず。斎場に花を贈った。

4月18日
朝から新幹線で京都へ。JET SETでレコード・ストア・デーのイベントがあり、キングジョーがDJをやるというので会いに行く。毎日起きてる時間はほぼ常時チャットをしている仲だが二人で会う機会はあまりないし、京都で会うのなんて初めてかもしれない。などと言いながら魁力屋でラーメン。行き交う観光客を眺めながら飲むビールが異常に美味しかった。JET SETではスカートの澤部くんがyes,mama ok?を流しながら話していた。楽しみにしていたシンリズムのソロ・ライブも聞けた。ジョーのDJのあと、Especiaのライブがあったが、大阪へ向かう麻衣ちゃんを見送るべく店を後にし、おれのEspecia童貞は守られた。JET SETの控室にいたはずだが一瞬も見かけなかった。Especiaとは永遠にすれ違っていたい。岡山でハーブの店を始めるという麻衣ちゃんは来週末にも京都を離れる予定で「今日亀吉さんに会えたのは奇跡みたい」なんて可愛いことを言う。試供品のティーバッグをくれた。千里の実家に戻って飲むと実に美味。読書は松井今朝子「吉原手引草」。江戸の廓を舞台にしたミステリー。

5月6日
刈谷日劇という映画館の件で皮肉っぽいツイートを投稿したところ、カンパニー松尾さんよりすぐ電話があり、爆笑。6月に今池でテレキャノ・イベントがあるとのことでお誘いをいただき光栄の極み。会社では新卒採用が佳境だが今年は経団連の不可解な協定があり学生さんの動きが読めず苦戦。

5月20日
アマゾンで買ったCDがいろいろ届く。Best Coast『Crazy for You』、Carlton and the Shoes『Heart Trobs』、MG『MG』、Snakadaktal『Sleep in the Water』、Sontag Shogun『Tale』。読書は武田砂鉄「紋切型社会」が痛快で夢中になって一気に読んだ。6月のテレキャノ・イベントを主催する山口雅さんと打ち合わせを兼ねてガルーバで夕食。会計システムが不明瞭で入店してきた別のお客さんたちと一緒に困惑。おなか痛くなるほど笑って店を出ると豪雨。

5月24日
妻の実家から古いレコードプレイヤー=ヤマハYP-700Cを譲り受ける。ベルトと針を通販で新調すると絶妙に稼働。しかしアナログレコードが家にほとんどないので東浦のハードオフで取り急ぎLPを7枚買う。フリートウッド・マックの1982年のアルバム『ミラージュ』が実に良い。妻が漬けた梅酒を飲みながらレコードを嗜む至福の休日。パキシルが効いてきたのか神経かなり安定。しかし、過去の日記を読むと、おれって、この10年ぐらい同じような感じで動悸が出てるなぁ。いい加減慣れよう。いちいちびっくりしない。

5月30日
名古屋に戻って二年半。あまり友人が増えないが、ハマジムのイベントやキングジョーの縁などで徐々に地元の知己を得つつある。常滑で急須のお店を営む粋なパンクス=ユニークコンちゃんと、多治見在住日本一の亀吉マニア=リオくんとで第一回金山亀吉会。麻婆豆腐の店でヒーヒー言ったあと、初体験のキャバレー花園でキャーキャー騒ぐ。花園を出てブラジルコーヒーで一服しようと思ったら何かイベントをやっていて満席の様子。「うーむ。堀田ダチオでも出てるんじゃないかな」とテキトーなことを言うと、ほんとにダチオさんのライブで、店の前でバッタリ、驚いた。武田砂鉄「紋切型社会」が面白くて仕方なくて、ジョーに買って送ってあげた。

6月10日
弊社ご用達の栄の南国風居酒屋バリハイで内定学生と社員たちの交流会を主催。内定学生は女性ばかりで、これまでリクルートスーツでしか会っていないので、私服で髪形を変えられたりするともはや誰が誰だかわからない。この傾向は年々強くなる。これまでもよく学生さんに対して「親子ほど年齢差がある」という常套句を使っていたが、ある学生さんのお父さんが47才と判明し、ついにリアルに親子差を超える関係値が成立。そりゃ話も合わんわ。しかし、みんな可愛い。悩殺レベルの可愛さに悶絶。もはや愛玩動物の域。撫で撫でしたい。しかし撫でた時点で人事失格となり解雇の憂き目に遭いかねないので我慢。おれはもう採用担当ではないほうがよいのではないか。いや採用担当だから我慢できているとすれば、採用担当であり続けたほうがよいのだろうか。実に悩ましい。今年の中日ドラゴンズは大方の予想どおり最下位を邁進。投手は大野だけが良い。京都のフリー文芸誌「耕し小手」のVOL.3が届く。妄想エロ小説を一編寄稿。去年のVOL.2の掲載作品を合評したページで身に余る好評が載っており嬉しい。「耕し小手」はいつも面白い。

6月13日
アナログ・レコード蒐集にハマってしまい、妻の運転で天白のハードオフへ。松原みきのファースト、シーナ・イーストンのファースト。松原みきはポスター仕様のジャケが実に美麗だが意外と歌いあげる演歌調で、今聴くとちょっとキツい。10年後に聴くと良い気がする。シーナ・イーストンのエバーグリーンなポップスはいつだって最高。YouTubeで1974年のNHKドラマ「夢の島少女」を観て衝撃。ちょうどジョーとチャットしていて、京都のギャラリーで個展をやるのに「海辺の小さな町のラブホテルのイメージで絵を描きたい」と言っていたので、そのシチュエーションと「夢の島少女」の余韻で「ホテルエンドレスサマー」という短編フィクションを一気に書いた。昨年の「マーブル」同様、小さなジンにして公表できると嬉しいな。読書は中村文則「遮光」。東海市出身の芥川賞作家でシンパシーをもって何冊か読んだが、かなり神経質かつ残虐で、とてもポピュラリティを得るタイプの作家ではないように思う。がゆえに大好き。特に「遮光」は平気で嘘を吐ける主人公の繊細かつ荒くれた言動が爽快なほどに狂ってて最高。

6月22日
ジョンのサンの立石草太くんと何度かメール・ラリー。ソロ・アルバムを制作してCD-Rで発表しているが入手方法が変わっていて「本山駅すぐのシロクマ書房という本屋の棚にこっそり差し込んでいるので黙って取ってきてほしい」とのこと。万引きの反対、万置きだ。梶井基次郎かよ。こういうトリッキーな芸当は嫌いじゃないので昼休みに地下鉄に乗って本山まで。ぱっと見たところ、店員さんから死角になったコーナーに紙に包まれたCD-Rが5枚ぐらい挟まっている。首尾よく一枚を抜き去り店を出た。立石草太『hit and away』はジョンのサンより輪郭がはっきりしていて「毎日がモノクロ無声字幕映画」などダンサブルでさえある。カバー曲が多いようであるが知らない曲ばかりだし、知っていたとしてもおそらく原型を留めないアレンジが施されているので、これはどうしようもなく確実な立石草太のソロ・アルバム。

6月25日
今池TOKUZOでテレキャノ・イベント。今回は英語字幕入りで松尾監督、バクシーシ山下さん、おれの三人が上映中にトークを入れるというコメンタリー式。上映しながらのトークはなかなか難しく、終盤は三人とも黙ってしまった。上映後に登壇して少しトークに混ぜてもらう。松尾さん50才の誕生日が近く、雅さんがバースデーケーキを用意していることを山下さんと共有していたがふたりとも段取りをすっかり忘れて終演。雅さんが客席で声を上げて慌てて巻き戻し、無事ケーキ贈呈式。楽しかった。東京からテレキャノ観覧ギネス記録を狙う世紀の追っかけOL、くましあんさんが安定の最前センターにいらした。原一男先生も絶賛、くましあんさんのパーフェクトなレポートはこちら。大阪からわざわざANGIEが見に来てくれた。黒いドレスの謎の美女三人組をコンちゃんの同級生=Sくんがナンパして同席。Sくんは名古屋最大の芸能プロダクションのエース級男性モデルでSNSはすべて事務所に管理されているからココでも滅多なことは書けないが、かなり面白い。榊原亜美ちゃんに金山まで車で送ってもらい帰途。雅さんのおかげで名古屋の知人が増えて嬉しい。感謝。
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by kamekitix | 2015-08-12 00:00 | Diary
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