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ちょっと厄介なビル・オーナーの会社に呼び出されて、K部長と二人で外苑前から赤坂見附まで銀座線。
アポイントは14:30。
ニューオータニの隣の瀟洒なビルの6F。素敵な応接室に通されて、商談を始め、話題が核心に迫ったあたりで、すごい地震。

どうも赤坂にいるとろくなことがない。
赤坂とか溜池山王とか、おれはきっと相性が悪いのだ。
それにしてもこんな目に遭うとは。
恐るべき鬼門。

横揺れが長く続き、全員で広い大きな丸テーブルの下に避難。

商談は中止。机の上に外れかけた天井の破片が飛び散って、出されたお茶がこぼれた。何だか先方とは机の下で打ち解けてしまった。

部長と246を歩いて青山まで帰る。

途中で大きな余震。赤坂御用邸の前だった。街路樹に抱きついて、向かい側のビル群がグラグラ揺れるのを見て、恐ろしくなった。

東京、震度5。

ワンセグで震源が東北だとわかり、仙台にいる部長の家族を心配しながら帰社。深夜まで東北地方の社員の安否を確認。盛岡支店の三人が、消息不明。

地下鉄も私鉄もJRも全部止まったので、青山通りは歩いて帰宅する人たちの大群。靴屋さんは店頭にスニーカーを並べ、自転車屋さんには行列ができていた。

0時半に、自分の自転車で帰宅。

USTREAMでTBSが被災地の惨状を伝える。恐ろしい津波。壊滅状態の町があるという。何千人の命が奪われたのだろう。原発に異常があるという情報の恐怖。これは現実なのか。悪夢のようだ。

一日200view程度のこのブログだが、もしかしたら被災地で携帯の充電を気にしながら読んで下さっている人がいるかもしれない。

不安な日が続くと思いますが、どうか頑張って下さい。
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by kamekitix | 2011-03-13 03:14 | Diary
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鴨田潤とはイルリメの本名だ。イルリメは元々ユニット名で彼は「イルリメのモユニジュモ」と名乗っていたがいつの間にかイルリメになっていたな。トラック・メイカーとしてのダンサビリティの高さ、瞬発力の良さ、ラッパーとしてのスキル、ボキャブラリーの豊かさ、そしてライヴでのエンタテイナーっぷりは、広く認められるところだ。しかし、彼はヒップホップ系のファッションを脱いで、機材も一旦部屋に置いて、ギターだけ持って現れた。

おれは個人的に、日本にヒップホップというファッションのジャンルやコミュニティはあってもそこにオリジナリティを有する文化はないと思っていて「ヒップホップ」と言うだけで何だか先鋭的っぽいリアルっぽいものに見えるっぽいギミックを冷ややかに捉えている中年だ。最近主流のラップの多くが英語っぽく聞こえるように押韻され、英語っぽく聞こえるよう単語のアクセントを無理に移動させていて、そういうの、耳にするたびに、ほんと気持ちが悪い。本当は普通に話せるのにわざとカタコトっぽくしている日本語ラップを密かに「アグネス・メソッド」と呼んでいるおれは日本のヒップホップのトレンドに懐疑的だ。

今の段落は、鴨田潤『一』のレビューには余計だ。すみません、おれの単なる雑感です。

鴨田潤にはヒップホップの意匠を取り払って伝えたいことがあるのだろう。「ラップでないほうが伝わりやすいこと」がある、と考えたのではないか。イルリメのファンならよくご存知だと思うが、彼のリリックは常に優しく、それは友人ばかりでなく見知らぬ他人やオーディエンスにも向けられる。楽曲の構造そのものに言及するメタな視点のリリックも多い。単語のイントネーションを無理に移動させて外国語っぽくすることはない。いわば、彼の持つグルーヴは元々ヒップホップでなくても良かった、ということかも知れない。

今の段落も良くないな。読み方によってはイルリメというヒップホップ/ラッパーの存在意義を否定しているようにも受け取られてしまう。そんなことはないのだ、誤解しないでほしい。何とも言い訳がましい原稿になってきた。

元々他人との関係や風景の描写に優れているイルリメこと鴨田潤。その例は枚挙に暇がなく「トリミング」や「元気でやっているのかい?」は言わずもがなの名曲だし、「カレーパーティー」での「めんどくさい」の連呼はどんなパンクスよりも反社会的だ。

彼がギター一本で伝えたかったのは、家族との関係なのではないだろうか。

『一』の最後に収録されている「プロテストソング」は17分近くに及ぶ長編だ。まだ聴かれていない方にはネタバレになってしまうが、彼はこの中で「父親が若い頃に作ったフォークソング」を全編挿入して、歌っている。時間にして6分34秒。壮大なサンプリングだ。その後、彼はオリジナルの本編に戻って「親父の歌声は/今よりもずっと若くて/だからこその青さが/俺の様にダサかった」と歌っている。

そう、彼は、ギター一本で歌うことをダサいと自覚しているのだ。きっと照れ臭くて仕方ないのだ。

先日USTREAMで配信された彼の弾き語りライブを観たが、ギターは決して巧くない。サンプラーやミキサーを巧みに操るヒップホップ・アーティストとしてのイルリメのテクニカルな冴え具合は、そこには皆無だ。それでも彼は、歌うことにしたのだ。ダサいとわかっていて、歌うのだ。

「プロテストソング」は、帰省した実家から東京へ戻るシーンで終わっている。まだ眠っている両親に挨拶もせず、彼は朝早く家を出た。

「曇り空だがこれから晴れそうな天気を見て
息を吸い昨日を受け入れて始まった」

ヒップホップとかフォークとか、つまらないことを書いてしまった。かっこいいとかダサいとか、そんなジャンルやフォームを飛び越える覚悟をもって、鴨田潤は綴り続ける。息を吸って、過去のすべてを受け入れて始まる、今日を。

http://www.kakubarhythm.com/special/kamodajun/
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by kamekitix | 2011-03-07 01:12 | Review
markこと加藤麻季が監督/脚本/主演/音楽の映画『THE Magician』を観た。
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月曜日に観た西光祐輔が「まじでヤバイ。最終的には"自分が間違ってた"と思うぐらいヤバイ」と話していて、これは観なくてはいけない、と思い、池袋まで行った。

夜の池袋は猥雑な雰囲気で、映画館が入っているロサ会館はゲームセンターや焼肉屋などが混在する古い建物で、気に入ってしまった。出入りする女の子たちがみんなやらせてくれそうな感じに見えた。

それはともかく『THE Magician』だ。

15分の短編だが、その濃密さは同時上映の他3本の比ではなかった。四本ともそれぞれ面白かったのだが(特に『スーサイドサイドカー』の長宗我部陽子の美しさは白眉)、『THE Magician』の、何かを伝えようとして放射されるパワーの根源的な強さは、完全に別格だった。

低予算ゆえのイノセンス(いわゆるヘタウマ感)という表層的なイメージでは測り切れない強度は、宇波拓がしきりに「ゴダールみたいだった」と言っていたとおり、映画という媒体のエッセンスそのものに肉迫する。

何かを本気で伝えようとしている、そのパッションが胸を打つ。そして、一般的には荒唐無稽にしか見えないカットが連続する展開が可愛くて笑ってしまう。主演であるmarkこと加藤麻季のキュートなファッションにも注目だ。

彼女が「こだわった」というエンドロールでは自作のイラストが数枚映し出されるのだが、「THE Uguisu」という絵が出てきたときには腹筋が痛くなるほど笑いを堪えた。その後「THE」とだけ書いたラクダの絵が映し出され、もう、堪えきれずシートに身を沈めてしまった。それらの絵がけっこう長い時間大映しになる贅沢な構成なのだ。

「何でラクダは"THE"だけやねん」とツッコミたくなる気持ちこそが彼女の言う「想像力」の喚起なのだと思った。

何かを表現する力、その本気度。「何をやってもいいんだ、本気ならば」という勇気を与えてくれる映画。

上映はあと一回。明日3月4日(金)、池袋シネマロサ。みなさん是非。

http://www.cinemarosa.net/spotted63vol2.htm
http://www.cinemarosa.net/annai.htm
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by kamekitix | 2011-03-03 01:13 | Review
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