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スリリングかつラグジュアリー。
聴くたびに新しい発見のある、宝箱のようなアルバム。
1984年リリース。
80'sポップスの歴史に名を残すべき名盤中の名盤だと思います。

坂本龍一が80年代初頭に好んで使用したシンセの音色、あの時期特有のタメの効いたアレンジで、穏やかなグルーヴを作っています。
ジョン・ハッセルの独特のトランペットに、稀代の奇才・ホルガー・シューカイのオリエンタルなトッピングが施されます。
リズム隊はJAPANからの盟友、ジャンセン=バルビエリの二人。
そして、ブライアン・フェリーがニューウェーヴ・シーンに与えた最も大きな影響である、あの感情の起伏を抑制した歌唱法で、極めて内省的に歌うシルヴィアン。
鉄壁の布陣です。



JAPAN時代にはビジュアル路線でアイドル視されていた彼がイメージの払拭を賭けたソロ・デビュー・アルバムでした。

でもJAPANはJAPANで『Gentlemen Take Polaroids』や『Tin Drum』など後期のアルバムは大好きです。
JAPANの特徴はうねり上げるようなミック・カーンのベース・ラインにあり、JAPAN解散後にカーンがBAUHAUSのピーター・マーフィーと結成したDali's Carと、この『Brilliant Trees』を聴き比べれば、JAPANのサウンドがいかに変態的であったか、逆に『Brilliant Trees』がいかに洗練されているか、がわかるでしょう。
いや、ミック・カーンを貶すつもりは毛頭ありません。ただ、未来永劫聴かれ続ける普遍的な音楽、という点で考えると彼のベースはあまりに特異だったかもしれません(ご冥福をお祈りしています)。

シルヴィアンはJAPAN在籍時から坂本龍一とコラボレートしていたので、このソロ・デビュー作に坂本が大きく寄与するのは当然のように思われました。

ラストの「Brilliant Trees」。エンディングの4分間が圧巻です。

何度聴いても不思議なアウトロ。
アンビエントであり、教会音楽風であり、雅楽のようでもあり、南の島の音楽のようでもあり......まったく国籍不明です。

その後、シルヴィアンは意外と途切れなく作品をリリースし、旺盛な制作欲求を見せています。
エポックとなった2003年の『Blemish』ではデレク・ベイリーとフェネスを繋ぎ、大友良英や秋山徹次も参加した『Manafon』(2009年)では、フリージャズ、エレクトロニカを通過した、何とも名状しがたい素っ裸のボーカリゼーションを聴かせています。

美貌とセクシャリティが売り物だった若き面影はすっかり払拭され、孤高の音像作家としてクールな熟成っぷりが期待されます。
1958年生まれだから、来年57才。
元美少年代表、初老の星ですね。

バイバイ
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by kamekitix | 2014-11-30 22:31 | Review
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ぼくのリスナーとしての骨格はニューウエーヴで出来ているのですが、どうしても天邪鬼なところがあって、その道を極めようとするつもりは端から無い。

高校のころエレ・ポップが大好きだったのだがそのままディペッシュ・モードのコレクターになるわけではなく、ハナタラシと出会ってノイズを知り、ボアダムズを通じてジャンクに漂着したり。

エレ・ポップ熱も冷めるではなく、ミカドみたいなウィスパー系やアシッド・ハウスとかエレクトリック・ボディ・ビートなどと呼ばれた系列の音楽も聴き漁ったり、ウィスパーといえばカヒミ・カリィに魅せられてシャルロット・ゲンズブールを買ったりした。

そんなぼくの迷走っぷりをサポートしてくれた恩人のひとりが東瀬戸悟さんだ。

かつて大阪梅田の東通り商店街にあった老舗レコード店「LPコーナー」にお勤めで、地元の情報誌に音楽レビューなどを書かれていた。その後、阿木譲さんのショップ「シャールプラッテン・ノイ」を経て、長らく「フォーエバー・レコーズ」にいらっしゃる。

今から25年前に東瀬戸さんにインタビューした記事があるのでやや加筆しつつ抜粋します。ぼくが製作していた「溺死ジャーナル」というミニコミの12号(1989年)です。


―ソニック・ユースのライブ観たんですけどあんまり面白くなかったです。あれが評判いいっていうのは解せません。

東瀬戸:うん。私はとても良かった。もう『EVOL』あたりから所謂ジャンクとかそういうバンドじゃないんだよ。ソニック・ユースはパティ・スミスとかテレビジョンの延長にある。ノイジーなものを期待すると外れるけど「歌うたうバンド」になってきた。あと、すごいコントロールされてるんだよね。というのは、もうメンバーが35才とか、けっこう年いってるわけで。

―え、誰が35才なんですか。サーストン?

東瀬戸:サーストンが35だよ。キムが33かな。実はここ10年ぐらいグレン・ブランカのところでゴニョゴニョやってたんよね。

―なるほど。でもテレビジョンをリアルタイムで聴いてた人がソニック・ユース聴いて面白いのかなー。

東瀬戸:面白いの。私がそうだ。ほんとにね。会場に行ってびっくりしたの。だって「あ!あいつも来てる!」ってこの5、6年姿を見なかったようなやつらがどんどん集まってて。意外と年寄りにアピールする資質があるんよね。

―その点、プッシー・ガロアは若いですね。

東瀬戸:若いね。瞬発力はあるけど、持続力がまったくない。ソニック・ユースは逆やからね。いわば対極にあるバンドなんよね。



さて、今回の名盤はプッシー・ガロアの『GROOVY HATE FUCK』(1986年)だぜ。

東瀬戸さんのお話にもあったとおり、当時のプッシー・ガロアには勢いがあった。

ぜんぜん予備知識なかったのだが梅田の「HOGG」で『GROOVY HATE FUCK』を手にして収録された曲目を見ただけで買った。ビビビときた感じ。

A1 Teen Pussy Power
A2 You Look Like A Jew
A3 Cunt Tease
A4 Just Wanna Die
A5 Constant Pain
A6 Pretty Fuck Look
A7 Spin Out
A8 No Count

B1 HC Rebellion
B2 Get Out
B3 Die Bitch
B4 Dead Meat
B5 Kill Yourself
B6 Asshole

なんというアホなタイトル!
「もうこのレコードの音がどんなに酷くてもいいや」と思って買った。
まー当時はそういう気持ちで買うレコードばかりでしたが。

パンクが形骸化し、ニューウエーヴは陰鬱を極め、インディーズとやらはバンドブームに昇華されて、本来的なアンダーグラウンドが生気を失いつつある時期だったかもしれない。
要するに売れるべきものは売れ筋に、そうでないものは活気を失っていたように思う。

そんな季節に、めちゃくちゃ原始的な手法で闇雲なパワーを取り戻そうとワシントンから現れたのがプッシー・ガロアだった。「こいつらはアホだ」と直感した。

再び東瀬戸さんのインタビューより。


―でもソニック・ユースも『Confusion Is Sex』のころとか瞬発力ありましたよねえ。

東瀬戸:ボブの力っていうのが結構あるんやろね。

―あー、そうかー(プッシー・ガロアのドラマー、ボブ・バートは初期ソニック・ユースに在籍していた)。

東瀬戸:ボブとスティーブの叩き方っていうのはぜんぜん違うからね。ボブは来日してから拾ったエンジンタンクを叩いてたんやけど、長年やってるから音色の設定の仕方とかすごい巧かった。

―プッシー・ガロアのライブは楽しかったなあ。

東瀬戸:あいつらはすごい横柄で態度悪かったよ。全然フレンドリーじゃないしね。若いから気取ってるんやろなあ(笑)。




買ったレコードの音は期待以上にグッシャグシャだった。

チューニングしてないかのようなビヨビヨのギターとベース。

ドラムスはスネアの代わりにエンジンタンクを叩いてて、「硬質なロック」という言い方があるが、即物的に、文字通り硬質なリズムだった。

ボーカルのジョン・スペンサーのかっこよさもトゥーマッチで、卑猥なことばかりシャウトする。



来日公演は1988年10月。
当初東京だけの予定だったが、東瀬戸さんが急遽ブッキングして、大阪でも行われた。
ぼくはたまらずフライヤーを自作して、あちこちのレコード店に持参した。
梅田と心斎橋のレコード屋には東瀬戸さんが作ったオフィシャルなものと、アイちゃんとぼくの手書きの、三種類のフライヤーが折り重なっていた。

サンホールで行われたライブは衝撃的だった。
MCを務めたコーパス・グラインダーズのゼロ氏のダイブで始まったプッシー・ガロアのライブは混沌を極め、ぼくはまるで1982年のCBGBにいるような気分だった。

そして、この日の前座だったボアダムズがまた最高潮に絶好調。
ぼくはボアダムズのライブをたぶん50回ぐらい見ているのですが、この夜のボアダムズが生涯最高アクトだった。

いやー、とにかくすごかったんですー。

しかし、こうしたジャンクでグランジ(当時はスラッジと呼んでいた)なロックはいろいろな概念を破壊した挙句、反動的にメランコリックかつ叙情的になり、原始的でアホな爆発力を失っていったように思う。

すべてはニルヴァーナのせいかもしれない。



バイバイ
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by kamekitix | 2014-11-11 23:44 | Review
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