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10月16日
亡母一周忌法要で三重県亀山市へ。信仰心が薄く出不精な私はいつも寺に行くのを面倒くさいと感じる。でも、行ってみると楽しくて、姉の家族とわーわー言いながら名物の味噌焼きうどんを食べた。「亀八食堂」は素晴らしい。来年も三回忌法要というのをやらないといけないらしい。面倒くさい。


10月19日
デスク・レイアウト変更ミーティングでオフィスが紛糾。株主総会や労使団交ではなく、平和なテーマで盛り上がる事業場でよかった


10月20日
橋本奈々未、乃木坂46脱退のニュース。芸能活動をも廃業するとのこと。オールナイトニッポンの動画でななみんの美しさ、ファンを想って涙する可憐、音を立てて鼻をかむ豪胆に瞠目。


10月22日
プロ野球はカープとファイターズで日本シリーズ。どちらもなんかやだ。10勝もしてるカープの黒田はシリーズ直前の引退発表があざとい。「神ってる」ってのは緒方が「神がかっている」という言葉を知らないアホというだけ。雨の日にだって大事な試合はあるのになぜスタジアムに屋根をつけないのかマツダよ。ファイターズの中島という選手が何十球もファール打つのイライラする。あいつ野球のルールを知らないんじゃないか。解説の衣笠の声が加齢に伴って飛躍的なハイトーンになっていて耳障り。わしは更年期かもしれない。


10月25日
Spotify FreeをPCとiPod touchとFireタブレットにDL。CD店に行くとその傾向をDEVOの在庫で推し量る癖があるのだが、SpotifyにはDEVOのアルバムが全部ある。Amazonプライム・ミュージックの最近の入荷リストの驚くべき貧相さを憂慮していたところなので仕事中のストリーミングBGMはSpotify中心になるかもね。STEROLABもMighty Lemon DropsもWoodentopsもGO-BETWEENSもAltered Imagesも横田進も全部ある。BIG STICKのEP全部聴ける衝撃。「関連アーティスト」を辿っていくとキリがなくてLegendary Pink Dotsまで行って我に返る。難点はときどき挿入される30秒の宣伝が鬱陶しいのと、スマホではシャッフルプレイしかできないこと。でもM.I.A.の新譜とか聴けるんだなー。これはCD屋さん減るわー


10月26日
Spotify FreeのPC版は15時間/30日という制限があるらしいことが判明。スマホでは無制限だがシャッフルプレイのみ。しかも時折、関連アーティストから特に希望してないトラックを突然引っ張ってきて(たとえばYAZOOのアルバムを聴いててULTRAVOXの全然知らない曲が流れたりする)、それをスキップするのにも回数制限があるようだ。いろんな局面でストレスを与えて課金させる心理戦。月980円も微妙な設定。「ときどき検索して懐かしい曲を歌詞を読みながら聴く無料ツール」という使い方で収まりそう。
ハマジムTの新作パーカーとマグカップを送っていただく。ありがとうございます!
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10月29日
日本シリーズは第6戦でファイターズが優勝。押し出し四球→ピッチャーにタイムリー打たれた後に本塁打王が出てきたところで「これは絶対ダメ押し点が入る」と誰もが察知したのに投手交替しない謎の緒方(あるいは畝)采配。案の定レアード満塁弾でカープ玉砕。畝ってる。
健康診断の結果が来て、概して健康なのだが、初めて撮った肺CTの判定がCで、心配した妻が「すぐに別の病院で再検査して」と言うので来月予約。しかし、私は太った。生涯初めて体重欄の「L」が消滅すなわちもはや「やせすぎ」ではない。そういえば今月衣替えで着た春秋のスーツの腹がキツい。背中、脇腹、尻にももっちりと肉が付いてきて、触ると気持ちいい。


10月30日
妻と刈谷までドライブ。新車が快適。刈谷日劇で「シング・ストリート」を観る(二回目)。妻も大いにハマったらしく序盤から涙。サントラもDVDも買う妻カワイイ。近くの焙煎工房ベアでコーヒー豆を購入。
ミスiDグランプリ嬢の血豆みたいな涙袋に失笑。「ミスiDと夏の魔物が日本のポップ・カルチャーを停滞させている」と言ったのは誰だっけ。


11月3日
天気の良い休日。食卓で受験勉強。妻は書斎で編み物。ベアで買ったコーヒーを煎れて黒霧島で割ってみた。美味。BGMはYouTubeでMetro Areaの2003年のライブ。



11月4日
「モスノー」や「サニボン」の商品で知られた株式会社小林脳行は1985年に経営破綻し、その営業権を小林製薬に譲渡したが、当時両社に資本関係や業務提携はなく、偶然名前が似ていたそうだ。


11月5日
「暮しの手帖」81号から連載されている武田砂鉄さんの「今日拾った言葉たち」が面白い。隔月にこのページだけ読んでいれば毎日ブラウザーを使ってあほみたいにニュース・サイトなど見なくてよいだろう。日本人が「空襲」を「空爆」と言うようになった時期について。短い文章で深く考えさせられる、コラムの神髄。


11月6日
夫婦揃って四連休だったが、出かけたのは本屋に二回。カレー屋に一回。モスバーガーのドライブスルー。ほぼ引きこもり、読書は垣根涼介「月は怒らない」、映画は「ニューヨーク・ドール」、二回目の「ウルフ・オブ・ウォール・ストリート」。デヴィッド・シルヴィアンの99年のアルバム「Dead Bees on a Cake」が今のおれの生活にちょうど良い感じ。しらんがな。
「三代目」と言うと、我々の世代では大塚寧々と結婚した憎い奴「三代目魚武濱田成夫」のことなのだが、最近の人たちが言う「三代目」は別の三代目のようだ。我々の世代って何だよ。


11月7日
パーカッション奏者、NOGERAさんの訃報に驚く。VIBRASTONEのライブを心斎橋クアトロで何度も観た。CD全部持っているはず。ライブVHSも買ったっけ。近田先生の長いキャリアの中でも特に洒脱なポップ・センスが炸裂したバンド。クリティカルでどす黒い憎悪、サイケデリック・エクスペリエンスが混ざったジョーク、符割りを逸脱しつつ日本語のアクセントを活かした美しいラップ(英語のアクセントに似せるべくカタコト日本語になっちゃう最近のラップを私は『アグネス・メソッド』と呼んでいる)。じゃがたら直系の土着ファンクネス製の屋台骨をOTOさんのギターとともに支えていたのがNOGERAさんのコンガとボンゴだった。「YADA」でラップするパートもお約束で、いつも盛り上がった。二十歳代の半ば、楽しい時間をありがとうございました。NOGERAさん、R.I.P.



11月9日
千里の自宅の名義変更登記が完了した途端に、大阪の不動産業者から毎日のようにDMが届く。法務局で情報を取得できるのだな。


11月11日
朝から星ヶ丘、覚王山、上社と東山線徘徊。大学のキャリアセンターを回ったところで優秀な応募者が増えるわけではないのだが、本音を話せる先生が複数いるのは心強い。S大のサイトにハマジムのイベントで知り合った女の子が載ってたり、G大の講師に大好きなバンドSJのドラマーSさんがいたり。新卒採用だけじゃなく、いろんな話でそこそこ盛り上がる。ランチは藤が丘で中華料理「梅園」。780円の定食で満腹。
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11月13日
雨の中、某大学のキャリア支援課へ。アポ取って行ったのに、絵に描いたような塩対応。5分で退散。こいつはひどい。大学就職課を評価する口コミ・サイトはないか。
アマゾンPrimeで「イエスマン」というアホみたいなコメディを観ていて、可愛い女優さんに出会う。ズーイー・デシャネル。(500)日のサマーやん。



11月16日
深夜にカンパニー松尾さんからメール。「雨宮さんが亡くなった」という文面に目を疑う。


11月17日
朝から新幹線で東京へ。品川で薬子さん、新宿で豊田道倫、幡ヶ谷でヨシノビズムと合流。葬儀はしないとのことで、火葬される斎場へ向かう。雨宮まみさんのお別れ会。
自室で亡くなっていた雨宮さんを発見した恋人は、私が二十年近くお世話になっている大好きな親友のKさんだ。
眠る雨宮さんの顔は美しい。
Kさんがよじ登るようにして棺の中に身を乗り出し、雨宮さんにキスをした。
みんな泣いていた。

















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雨宮さんに初めて会ったのは豊田道倫のライブ会場で、彼に「この人はバニーガールなんだよ」と紹介された。もらった名刺は「Writer」という肩書で「雨宮まみ」というペンネームと本名が併記されていた。バニーガールに知り合いはいなかったので興奮していると「私、亀吉さんみたいなライターになりたいんです」と言われてさらに興奮した。
すでにAVライターとして活動していた彼女からコピー綴じの原稿を渡されたのは2006年。高い筆圧で生い立ちを綴った自伝のような原稿は分厚い大作で「これを書籍化してくれる出版社を探している」と話してくれた。
確かに、私がかつて雑誌に書き散らかしていた「何について書いても結局自分語りになる」という芸風に近い気がして、すっかり雨宮さんのこと気に入ってしまい、彼女に思う存分自分語りをしてほしくて、主宰していたミニコミ「溺死ジャーナル」に参加してもらうことにした。
「溺死ジャーナル」に掲載された彼女の原稿や対談記事はどれも濃密で面白くて、特に「AVライター失格」は永遠。あと「2010」の海外紀行2本も貴重。
 「AVライター失格」
 (溺死ジャーナル500/2007年)
 「そこに愛はあるか」
 (溺死ジャーナル500/2007年、ミック博士との対談)
 「私の頭の中の欲望」
 (溺死ジャーナル501/2008年)
 「almost paradise」
 (溺死ジャーナル2010/2010年)
 「夢のパリ、現実のパリ。」
 (溺死ジャーナル2010/2010年)
 「プロレスは死にそうだがAVはどうだい」
 (溺死ジャーナル503/2011年、ミック博士との対談) 
 「『相棒』シリーズ全話レビュー」
 (溺死ジャーナル503/2011年) 
 「以下は約9ヶ月間の、私が宝塚に惚れていった記録である。」
 (溺死ジャーナル・コンフィデンシャル/2013年)
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イベントも何度かご一緒したが、最も印象に残っているのは2009年1月。「『DJ雨宮まみ』という字面に魅力を感じるのです」とオファーすると「亀吉さんは私を持ち上げるのうまいですね」と快諾してくれて、名古屋まで来て、初めてのDJプレイを見せてくれた。
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以前もらった分厚いコピー綴じの原稿は追記と推敲を重ねて、2011年に「女子をこじらせて」というタイトルで出版された。
六本木でシンガポールチキンライスを食べて、ヒルズのカフェで写真を撮り合って、当時流行ってたヘンなアプリで加工して遊んだ。
愛子さんと三人でどこか行こうという話になって、どういう訳かロマンスカーを予約して、江ノ島まで行って、生しらす丼を食べた。
雨宮さんが予約してくれた円山町の店で豊田道倫と薬子さんと四人で食事したあと「もう一軒いこう、大森さんも呼ぼう」ってことになって電話して「もう寝ようとしてます」と言う大森靖子をセンター街まで呼び出して、やかましい学生でごった返す安い居酒屋に入った夜もあった。あれは2012年か。
最後に会ったのは、私が。
話の途中だけど、さようなら。
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ありがとう美穂ちゃん
お疲れ様でした
またどこかで













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by kamekitix | 2016-11-20 12:00 | Diary
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