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安田謙一『神戸、書いてどうなるのか』

1985年か86年、京都工芸繊維大か京都市立芸大か、の学園祭で行なわれたイベント『快楽の園』に出演したバンド、タマス&ポチスのボーカリストが安田謙一さんだった。共演バンドは、オフマスク00、うばざくら、ヘデイク、赤星。すげーメンツじゃん、さすがにこりゃ見に行くわ。まだ十代のおれはひとりで黒いロングコート(ニューウェーヴなので)着て北千里から京都まで行ったんだろうね。大きな階段教室でライブやってて、ヘデイクは大暴れ、いろんな機材が飛んできたり黒板の前でおしっこしたり。オフマスクは秋井さんがかっこよくて演奏中に客からタバコもらって机の上で叫んでた。うばざくらは自分と同じ大学(関大)で、コクトー・ツインズとドゥルッティ・コラムが混ざったような音でボーカルのお姉さんがキレイで大好きだった。お姉さんって言っても、今にして思うと、学生さんなんですけどね。赤星はのちに野ばらちゃんが加入するジャーリン・カーリンの前身バンドでオーディオ・スポーツの落合さんがいた。タマス&ポチスは安田さんがMCで「これが初めてのライブですので、みなさん将来”自分はタマス&ポチスの初ライブを観たんだぜ”と自慢してくださいね」と言っていたのを覚えている。改めて自慢しよう。おれはタマス&ポチスの初ライブを観ている。
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30年後。今年の夏の夜。千日前のカラオケボックスからダラダラ歩く。到着した『DIDDLEY BOW』の二階で安田さんに中日ドラゴンズのコーチ陣の無能ぶりについて愚痴ると「それは亀吉が”選手時代を知ってるコーチ”が増えたっていうことだけなんちゃうかな」と指摘され、なるほどそのとおりだと膝を打った。いつもネタにしてしまう、例の、ニセモノの代名詞、気持ち悪いシンガーについて話していると、安田さんは「結局”弟の作る音楽”なんていちばん興味ないやん」と笑って、おれは再び膝を打った。

新刊「神戸、書いてどうなるのか」は、安田さんのこれまでの著書と大きく趣きが異なる。雑誌に連載された記事のアーカイブいわば音楽ライターもといロック漫筆家としての全集的な本が多かったが、今回は音楽を媒介としないがゆえにコラムニストとしての本領がこれまで以上に強く発揮され、また半年という期間を決めて一気に書き下ろされているので、安田さんのパーソナリティがよりダイレクトに表出している。

音楽の代わりにテーマとなるのは神戸という町。

おれは神戸についてあまり思い出がなく、行きつけの店もないなぁ。学生時代に騒音測定会社のアルバイトをしていて阪神高速道路公団に何か月か出勤したことがあるぐらいだ。ポートアイランドでヘリコプターの騒音測定をしたこともあった。摩耶山のホテルの廃墟で夜通し即興演奏をしていたこともあったっけ。ノイズの記憶しかない。

2ページ見開き読み切りで次々と描かれる場所や店、人物がどれも魅力的で「これ、神戸くわしいひとが読んだらもっと面白いんだろうなあ」と嫉妬する。読み進めるうちにどんどん著者である安田さんのことを好きになっていく。チャーミングな人にしかチャーミングな町は描けないよなぁと当たり前のことに気づき、最終章「神戸育ちのてぃーんずぶるーす」を迎える。

消えてしまった店や亡くなった人の記述も多くてノスタルジックな悲哀も感じるが、本編最後の一文で、何があっても面白くあり続けるという、どこまでも粋な安田さんの姿を見ることができる。それはこれまでの安田さんの文章でもっとも力強く、永遠の箴言とすべき言葉だ。

平均寿命を考えるともうすっかり夏を終えて晩秋を迎えようとする年代であるおれには、これから生み出される新しいカルチャーに感覚的な乖離を覚えるだろう。テレビや映画を観ても、新しくできたショッピングモールに行っても、ライブ・イベントを観ても、何だか若いころ得たような新鮮さを感じない。そりゃそうだ。自分より一回りも二回りも年下の人が作っているのだもの。ただ、それらを面白くないと言ってしまったらお終いだ。いやもうだいぶ言ってるな。何に対しても「最近面白くなくなった」とは言わないようにしよう。まだまだ「おもろいおっさん」でいたいから。

安田さんの新刊をリュックに入れて、カンパニー松尾さんに会いに行く。おれは素敵な先輩たちに恵まれて幸せだ。

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by kamekitix | 2015-11-29 18:39