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「AV30」というシリーズDVDがリリースされている。アダルトビデオ30周年を記念してメーカーを横断して企画されているようだ。2枚組DVDで8時間、パッケージはあえて幅の広いVHSを思わせるサイズで統一されている。

私が学生の頃、アダルトビデオは大きく変化した。深夜に友人の部屋でAVを見ていて「最近の作品は、本当にセックスをしてるんじゃないか」と私が言うと、博識で先鋭的な感性の持ち主である友人が苦笑しながら否定したのだ。「ほんまにセックスしてるわけないやん!そんな映像、犯罪やろ。演技や演技」。26年前の話だ。つまり、時代はまだピンク映画の演技に慣れていて、まさか本当にセックスしているとは信じられない状況だった。その友人は翌年、あるAV女優に夢中になっていた。「ぼくの太陽」という作品で一世を風靡した、かわいさとみだ。こんな美しい少女がカメラの前でセックスしている。その事態に思春期の男子は熱狂した。いつの間にか「AV=本番」ということになっていて、すべて擬似セックスだと思っていた我々は興奮した。「AVって本当にセックスしてるんだ!」という驚異は、それが当たり前の世代にはわからないかもしれない。私は心のどこかに信じられない気持ちがある。「自分のセックスを公開する人が本当にいるのだろうか」という原初的な疑念が十代の自分のモラルに染み付いていて、今でもAVを観ると「うわっ、本当にしてる!」と少年のように興奮する。そう考えると、私は今45才なのですが、幸運な世代なのかも知れない。

これまでリリースされたAV30シリーズで唯一、監督の名前を冠した作品が「メーカー横断ベスト!!!  カンパニー松尾8時間」だ。彼はカメラを持ったまま自分のセックスを撮影する「ハメ撮り」の第一人者だ。彼の見せるすべての情事には、そこに至る偶発的/必然的な過程があり、彼は映像やテロップで、その温もりや儚さ、昂ぶりや哀しさを描写していく。もちろん、その性技と精力がセックスのクオリティを高めているから「単純に劣情を処理するためだけ」にAVを観る人にも有効だ。「カンパニー松尾のAVじゃないとヌケない」というファンがいても不思議ではない中毒性がある。

カンパニー松尾はポルノグラフィにエモーションを吹き込んだ稀代のアーティストだ。彼がいつか死ぬとき、メディアはどんなふうに報じるだろう。その頃にはAVの市民権もさらに大きく変容しているはずだ。おそらく彼の作品はすべてアーカイブとして国立新美術館に展示されるだろう。多くの未来のアーティストが訪れ、彼の描いた究極的な恋愛の映像に震撼するに違いない。どんな私小説よりスイートで、どんな恋愛映画よりもせつなくて、どんなハプニング・アートより衝撃的で、どんな音楽よりロックな、カンパニー松尾の作品は芸術として世界に認められるべきだ。

「AV30」は今後も多くの作品がリリースされるようだ。個人的には白石ひとみ、森川いづみ、杉本ゆみかといった懐かしい顔ぶれの「美少女AVの頂点(90年代セレクション)」、堤さやか、河愛杏里が収録されている「AV女優日本代表 ロリータ☆JAPAN」が興味深い。長瀬愛、穂花/沙雪の名作を収録した「AV30年史 ② 最高にエロいSEX編」も必見だ。つーか、河愛杏里が入ってる段階でこのシリーズは信頼できる。AV30を揃えて、この機会に書斎に隠しているVHSをすべて処分するのもよいかも知れない。

http://www.av30.jp/
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by kamekitix | 2012-03-20 21:37 | Review
「アイドルとは何か」と考える時、Tomato n' Pineのプロデューサー=Jane Suさんの言葉を思い出す。

Janeさんは自らトマパイのことをアイドルと呼んだことはなく「アイドルって人に元気を与えたり、"もっと頑張ろう"と思うパフォーマンスをしたり、そういう存在だと思うんですね」と言われた。アイドルとは自称するものではなく、享受する側が決める概念であって、つまり「私はアイドルです」と言うことは実は不遜で尊大な態度なのではないかと思う。

「今会えるアイドル」を標榜したアルファベット3数字2が爆発的に流通したせいで、無自覚で不遜なアイドルが増えた。女の子が何人かいて適当な衣装を揃えてそれっぽい楽曲に乗せて振付を決めて定期的に握手会だかチェキ会だかなんとか会をやれば「アイドル」ということになっている。どんなに「私はアイドルをやっています」と言われても、それを見た自分が元気にならなければ認めてはいけない。「ぼくにとって、あなたはアイドルじゃない」と言ってやりたい自称アイドルが多い。

私にとってNegiccoは間違いなく「アイドル」だ。connieによる楽曲の凝りに凝った展開、ポジティヴな世界観、伸びやかでキュートなボーカルとコーラス・ワーク。そして、人懐っこい笑顔と百戦錬磨の天然MCと美しい脚線のラインダンスで魅了するライブの高揚感を体験すれば、誰もが確実に元気になる。

AKBの功罪が氾濫する現在の状況は、おニャン子クラブが市場を荒らしてペンペン草も生えなかった冬の時代のアイドルを思い出させる。88年から91年頃に良質なポップスを演じた素晴らしいアイドルたち。Lip's、河田純子、中野理絵、田山真美子……。あまり陽の当たらなかった彼女たちを思い出してしまう。それも、私がNegiccoに心酔する一因だ。Negiccoのブレイクは、すべての不遇だったアイドルの存在をクリアにするだろう。

「日本一のローカル・アイドル」という矛盾した冠を外すときが来た。真の「日本一のアイドル」を目指し、八年間の助走をつけて、Negiccoが今、高く跳ぶ。

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Negicco『Negicco 2003~2012 -BEST-』
2012/2/22発売
T-Palette Records
TPRC-0009
2,800円
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by kamekitix | 2012-02-24 00:38 | Review
1.Surround Island
「バイノーラル・レコーディング」とか「ホロフォニック」という言葉が80年代に流行した。サイキックTVのアルバムはホロフォニック録音で「ヘッドホンで聴くと背後から銃声が聴こえる」という触れ込みだった。アフター・ディナーのアルバムには「ヘッドホンをしてクリックに合わせて左右に頭を振りながら聴いて下さい」という面倒な注釈があった。「サラウンド」もその頃に一般化した用語だと思う。要するに2チャンネル・ステレオの次のオーディオ・システムのスタンダードと目されていたのだ。しかし、30年近く経過した今日でさえ、おれのパソコンに繋がっているスピーカーは二個だけだし、決して音像は立体化しない。「さらうんど」という言葉には「魅力的だけど過剰なイメージ」「愛すべきトゥーマッチ感」があり、この曲のシンセのキラキラした音質と左右にパンして浮遊するボーカルには「実現しなかった近未来」へのノスタルジーが含有されている。

2.夜のライン
最初の30秒。このアルバムの方向性が鮮明に映し出される。キュートなシンコペーション。チープな打ち込みのスネア。細かいカッティングのギター。どこか幾何学的でアーバンな風景描写と、鴨田潤の粘っこいボーカル。『(((さらうんど)))』は2012年の『天然の美』なのではないか。

3.ジュジュ
などと79年発売の近田春夫のアルバムに思いを馳せていると、続く三曲目は佐野元春のカバー。『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』(89年)より「ジュジュ」。最小限にチョイスされた平易な言葉で最大のイマジネーションを誘発する至芸。名曲だ。神田生まれニューヨーク帰りの佐野元春と、高槻生まれ経堂帰りの鴨田潤のボーカルは異質だが、意外とハマっている。とりあえずおれはこの曲を聴いて『NO DAMAGE』『NO DAMEGE Ⅱ』を改めてiTunesに入れた。

4.サマータイマー
一昨年にダウンロード配信で公開された先行シングルと呼ぶべきナンバー。サビメロの最後の一節の切れ上がる転調が気持ち良い。可愛い恋の情景と心地好いアレンジ。この曲がアルバム全体の爽快感を高めている。まるでYMO『浮気なぼくら』(83年)に収録されていそうな曲だ。ダウンロードして聴いたときにはあまりピンと来なくて、アルバムとしてキッティングされたものをプレイヤーで聴くと「何と良い曲なんだ」と思うことが最近多くて、この曲も正しくそう。データ配信以外の、パッケージされたレコードやCDやテープを「フィジカル・リリース」と総称するのがトレンドのようだが、そのネーミング気持ち悪い。フィジカル・リリースして良いのはオリビア・ニュートン・ジョンだけだ。

5.陽炎リディム
二曲続けて夏の歌。デペッシュ・モードのファースト・アルバムみたいなチープなベース・トラックにスチールパンやカズー、ブルージーなギターの間奏が賑やか。ボーカルのアチコの声質はカラフルな琉球っぽい音階によく合う。でも、どうしようもなくテクノポップで、小川美潮とMENU(ちわきまゆみ)とウリチパン郡を繋ぐ名曲とでも呼ぶべきか。

6.Gauge Song
一転して持続音の多い、凍てつくようなバラード。まるで大沢誉志幸。確かに、このアルバムは80年代だったらエピックかファンハウスから出そうな作品だ。

7.タイムリープでつかまえて
サウンドストリートのデモテープ特集で坂本龍一が絶賛しそうな曲。すなわち槇原敬之っぽいということだ。饒舌に詰め込まれた煌めく詩情がドラマチックに展開する。そういえば、一月の弾き語りライブで鴨田は阿久悠へのオマージュを語り、唄っていた。それは感動的な内容だった。ウィキペディアによると阿久悠は歌謡曲とJ-POPの違いをこう述べている。
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ブログと映画の違いぐらい違うと思いますね、今のJ-POPの詞と歌謡曲の詞とはね。「誰かが喜んでくれるといいな」「誰かが興奮してくれるといいな」「誰かが美しくなってくれるといいな」というような願いを込めながら、一つの世界を作り上げていくっていうのが歌謡曲であって、そうじゃなくて、「俺はこんな気持ちで悩んでるから俺の気持ちを分かれよ」っていうのがブログですから、ええ、これの違いだろうと多分思います。
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(((さらうんど)))は最新型のアレンジ能力とエッジの立ちまくった音色セレクトと歌謡曲の香りを持つ歌詞を武器にJ-POPフィールドで戦うべきユニットだ。DJ仲間の余興として内輪受けで終わってしまっては勿体ない。槇原敬之は鴨田と同じ高槻市出身だ。打倒マッキー、(((さらうんど))))。

8.冬の刹那
いやぁこのアルバムで個人的にいちばん驚いた曲。2000年にリリースされたAhh! Folly JetのEP『Abandoned Songs From The Limbo』収録「ハッピーバースデー」のカラオケ・トラックにまったく別のメロディと歌詞を乗せた新手のカバー。Ahh! Folly Jetは和製カフェ・ジャックスと形容したい素晴らしいバンドで、当時、確か恵比寿のクラブでライブを観て猛烈に気に入ってしまい、このCDも発売日を待ちわびて買った記憶がある。スリーヴのグラフィック・デザインも最高で、ジャパニーズ・シティ・ポップス界というものがあれば殿堂入りすべき不朽の名盤なのである。この曲をチョイスした着想の勝利。オリジナルの歌詞は「乳首にサルトルのポートレート貼られちゃって/体中にバースデー・ケーキを塗りたくられたヌードが/しばられてひとり泣いてるなんて/これがキミの恋なの?」みたいな感じで、その濃厚な世界観とは比較できないなぁ。90年代の菊地成孔、最強。

9.Skyper
ヤズーのセカンド・アルバムに入ってそうなイントロ。と思ったらギターが聴こえてきて、やっぱりファンキー。この曲を聴きながら思い浮かぶアーティスト名を羅列していこう。ア・フロック・オブ・シーガルズ、ビル・ネルソン、YMO、チャイナ・クライシス、OMD。

10.R.E.C.O.R.D.
極めて少ないルールで殆ど即興、一発録りしたと思われる小品。テクノポップの人工感に満ちたアルバムの最後にフィジカルな要素をひとつ置いて、全体の肌触りを少しアーシーに、温かいものにしている。その姿勢の優しさを想像する。ほとんど全裸の(((さらうんど)))のコアが丸見えになってしまったトラックに、改めてこのユニットの背骨は鴨田潤というボーカリストの魅力なのだと確認。

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『(((さらうんど)))』
2012/3/7発売
KAKUBARHYTHM
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by kamekitix | 2012-02-12 19:16 | Review
 正月に少しだけ大阪へ帰っていて、二十代の頃に通いつめたライブハウスでイベントを見た。地下鉄で実家へ帰れるのに、その夜は友達と西成のホテルに泊まった。

 イベントは久しぶりに会う友達がたくさん出演していて、楽しかった。出演者以外にも多くの旧友に再会。面白い人はやっぱり面白くて、つまらないやつは相変わらずつまらなかった。来てると思ったのに来てない人も多かった。その名前をいちいちメモしたりしないけど、自分の求心力の低下を感じる。おれはそんなに義理を欠いたつもりはないけどなぁ。むしろ、大いに感謝されるべきだと思っていて、そういう恩着せがましさがおれの嫌われるところなのだろう。いや、嫌われることをしたつもりはないけどなぁ。まぁ「つまらないやつは相変わらずつまらなかった」なんて書いてしまうおっさんを誰も愛する気にはならないだろうな、普通。

 日本橋の王将で打ち上げの後、竹野さんと新村さんと豊田くんと古林と塩ちゃんとりっちゃんで難波屋に行く。ターンテーブルに乗ったオフコースのLPが良い音を鳴らしていた。

 その後、SHOGUNとボズ・スキャッグス。深夜2時、西成警察署隣の立ち飲み酒場の奥で。素敵な新年会だった。

 翌朝、飛田新地の近くの喫茶店でおっさん四人でゆっくりとモーニングを食べて、昼は一人で中崎町でアイドルのイベントを見て、夕方の新幹線で東京に戻った。リュックを背負ったまま下北沢へ行き、山本精一さんと鴨田潤くんのライブ。鴨やんは歌手としてステージに上がる覚悟を感じさせる伸びやかな大声が印象的で、山本さんは『なぞなぞ』からの曲が相変わらず良かった。でも最後の「来場されたお客さんのテーマソングを作る」という余興がひどく長くて退屈だった。ステージに上げられた観客の人が何とも愛しくない感じの男性で「なぜこの人はこんなに不快なんだろう」と逆の興味を持って見ていたのだが、彼が投げられたすべての会話を「え?」あるいは「いや…」で返すことに気づいた。そのコミュニケーションの不愉快さ。「山本・鴨田の手による”彼のテーマソング”がどんなに素敵な曲であったとしてもおれは絶対に感動しない」と決め付けて、おれは上演中の店を出た。

 下北沢で会った女性が神戸でイベントをしている人で、年末に麓健一のライブを主催したようだ。そう言えば、豊田くんが12月に「麓健一の新作が届いたから年末を乗り越えられそう」みたいなツイートをしていたっけ。買い忘れていた。

 翌週、日曜の昼、渋谷でアイドルのイベントを見て、隣のブックオフでボズ・スキャッグスのベスト。ビレバンで西村賢太『二度はゆけぬ町の地図』。タワーレコードで麓健一『コロニー』を買う。

 『コロニー』は美しくて力強いアルバムだ。静かなアレンジなので地味な印象だがメロディはキュートでポップスとして成立している。オリコンウィークリーチャートに入ってよい。トクマルシューゴが売れて彼が売れないのはおかしい。でも、あまり女性には人気がないらしいと誰かが言っていた。女性が聴くと同性には見えない何か邪悪なものが見えるのかもしれない。歌詞は淋しくて、儚い。混乱して救いようがなく見えるところもあるけど絶望的かというと、そうではない。

 たたえよ いつかのこと
 たたえよ あの時のこと
 たたえよ 小さなこと
 たたえよ 辿ってきたこと
 たたえよ あなたのこと
 たたえよ 離れていっても
 たたえよ もう一度だけ
 たたえよ 出会えたことを
 (「たたえよたたえよ」)

 希望が遠くに灯っているのが見える、優しい歌だ。客演のミュージシャンたちも揃って温かい音を出している。コーラスで参加している高田正子(にせんねんもんだい)は、もっと唄うべきだろう。彼女がこんなにも味のあるボーカリストだとは知らなかった。

 金曜夜、豊田くんと待ち合わせ。彼は渋谷である先輩シンガーのライブを観ていたので、打ち上げに連れて行ってくれるのかと思ったら一人でセンター街に現れて、ひどい咳をしながら、今夜のライブがいかにつまらなかったかを話しだした。喫茶店で正月の大阪を回想。道玄坂の王将へ向かいながら彼は「歌を唄うことは大変だ」と言った。

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麓健一『コロニー』(2011/12/14/KITI-007)
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by kamekitix | 2012-01-23 08:30 | Review
 大森靖子(おおもり・せいこ)が力まかせに掻き鳴らすギターと、粘着性があるような乾いているような不思議な感触の歌声は、ブースターもアッテネーターもぶっ壊れたオーディオ機器みたいな、感情剥き出しのダイレクトな起伏で聴く者を翻弄する。業が深くて、情に厚くて、嫉妬深そう。きっと怖い女だよ。大森靖子は客ひとり一人の襟首を掴んで揺さぶるような歌手だ。こんな気持ちは久しぶり。1998年の椎名林檎以来だ。

 でも、破けた声で唄う大森靖子は、どんなに直情的に叫んでも可愛い。いかに自分を嘆いて悩み悶えるように唄っても、明るい。それは、彼女が小さくても綺麗な何かをいつも身につけているからだろう。それはきっと自由という物だ。


 時々歌舞伎町にいかないと
 幸せがわからない
 時々手首を切らないと
 幸せがわからない

 他人の不幸とくらべても
 幸せはわからないよ
 汚いオヤジとやらないと
 幸せはわからない

 とっても不幸になりたいの
 だから我慢してキスをして
 バスルームのタイルにシネとかかいて
 水で流して
 ちゃんと流したら

 明日はオヤジにもらったお金で
 パーティードレスをかいにいく

 私は私よ、こころがあるもの

 パーティーがはじまるよ
 あの夜を越えて
 私きれいかしら

 (「パーティードレス」)


 自由は不自由との相対性においてのみ輝く。おれは「自由は不自由の中にしかない」とさえ思っている。

 法律や世間という不自由なルールの中にこそ、本当の自由、普通の幸福、真っ当な快楽があるのだ。社会のルールを無視した自由なんてありえない。それは欺瞞と呼んで唾棄されてよい類の快楽だ。無秩序は常に秩序に内包されている。どんなアナーキストも無法者も収監されていない時間は善良なる社会の構成員にすぎない。いや、収監されていてもルールに従っているから実直な社会人だ。背徳的なセックスは道徳的なセックスのカテゴリーのひとつにすぎない。話、すごく逸れた。

 おれの言う「自由」は、大森靖子の「こころ」と置き換えても良いのかも知れない。彼女にはこころがあるから彼女自身でいられる。それは劣等感や疎外感に包囲されているがゆえに綺麗で、可愛い。

 大学を卒業したばかりの大森靖子はまだ23才かな。これからもたくさんいろんな恋をして、それらは彼女自身に幸せと厄介と憂鬱を同時にもたらすだろう。そのたびに彼女はきっと自由を確認する。自分のこころの在りかを探して歩き出すとき、その足跡がメロディになっているに違いない。

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by kamekitix | 2011-05-07 17:34 | Review
5月4日だよ。上前津駅は相変わらず暗い。創業以来ずっと節電モード。
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名古屋市千種文化小劇場(ちくさ座)へ。公民館みたいな建物。てゆーか公民館です。
1Fロビーでモノポリーズ。相変わらず楽しくて可愛くて。一緒に歌っちゃった。
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円形ホールでミラーボールズ。全方位的ブルース。凄い凄い凄い。
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DODDODOちゃん。お客さんも可愛い☆ CDいただいちゃった。頑張れこんがりおんがく!!!
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名古屋名物、スティーブジャクソン。かっこええんだわ。
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ヒジリさんのMS-20にウットリするオーディエンス。の、後ろにガッキーみたいな可愛い子。
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聖澤知水さん。
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聖澤知水さん(じゃっかん白目)。
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うちの息子も元気どす。
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by kamekitix | 2011-05-05 17:04 | Review
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鴨田潤とはイルリメの本名だ。イルリメは元々ユニット名で彼は「イルリメのモユニジュモ」と名乗っていたがいつの間にかイルリメになっていたな。トラック・メイカーとしてのダンサビリティの高さ、瞬発力の良さ、ラッパーとしてのスキル、ボキャブラリーの豊かさ、そしてライヴでのエンタテイナーっぷりは、広く認められるところだ。しかし、彼はヒップホップ系のファッションを脱いで、機材も一旦部屋に置いて、ギターだけ持って現れた。

おれは個人的に、日本にヒップホップというファッションのジャンルやコミュニティはあってもそこにオリジナリティを有する文化はないと思っていて「ヒップホップ」と言うだけで何だか先鋭的っぽいリアルっぽいものに見えるっぽいギミックを冷ややかに捉えている中年だ。最近主流のラップの多くが英語っぽく聞こえるように押韻され、英語っぽく聞こえるよう単語のアクセントを無理に移動させていて、そういうの、耳にするたびに、ほんと気持ちが悪い。本当は普通に話せるのにわざとカタコトっぽくしている日本語ラップを密かに「アグネス・メソッド」と呼んでいるおれは日本のヒップホップのトレンドに懐疑的だ。

今の段落は、鴨田潤『一』のレビューには余計だ。すみません、おれの単なる雑感です。

鴨田潤にはヒップホップの意匠を取り払って伝えたいことがあるのだろう。「ラップでないほうが伝わりやすいこと」がある、と考えたのではないか。イルリメのファンならよくご存知だと思うが、彼のリリックは常に優しく、それは友人ばかりでなく見知らぬ他人やオーディエンスにも向けられる。楽曲の構造そのものに言及するメタな視点のリリックも多い。単語のイントネーションを無理に移動させて外国語っぽくすることはない。いわば、彼の持つグルーヴは元々ヒップホップでなくても良かった、ということかも知れない。

今の段落も良くないな。読み方によってはイルリメというヒップホップ/ラッパーの存在意義を否定しているようにも受け取られてしまう。そんなことはないのだ、誤解しないでほしい。何とも言い訳がましい原稿になってきた。

元々他人との関係や風景の描写に優れているイルリメこと鴨田潤。その例は枚挙に暇がなく「トリミング」や「元気でやっているのかい?」は言わずもがなの名曲だし、「カレーパーティー」での「めんどくさい」の連呼はどんなパンクスよりも反社会的だ。

彼がギター一本で伝えたかったのは、家族との関係なのではないだろうか。

『一』の最後に収録されている「プロテストソング」は17分近くに及ぶ長編だ。まだ聴かれていない方にはネタバレになってしまうが、彼はこの中で「父親が若い頃に作ったフォークソング」を全編挿入して、歌っている。時間にして6分34秒。壮大なサンプリングだ。その後、彼はオリジナルの本編に戻って「親父の歌声は/今よりもずっと若くて/だからこその青さが/俺の様にダサかった」と歌っている。

そう、彼は、ギター一本で歌うことをダサいと自覚しているのだ。きっと照れ臭くて仕方ないのだ。

先日USTREAMで配信された彼の弾き語りライブを観たが、ギターは決して巧くない。サンプラーやミキサーを巧みに操るヒップホップ・アーティストとしてのイルリメのテクニカルな冴え具合は、そこには皆無だ。それでも彼は、歌うことにしたのだ。ダサいとわかっていて、歌うのだ。

「プロテストソング」は、帰省した実家から東京へ戻るシーンで終わっている。まだ眠っている両親に挨拶もせず、彼は朝早く家を出た。

「曇り空だがこれから晴れそうな天気を見て
息を吸い昨日を受け入れて始まった」

ヒップホップとかフォークとか、つまらないことを書いてしまった。かっこいいとかダサいとか、そんなジャンルやフォームを飛び越える覚悟をもって、鴨田潤は綴り続ける。息を吸って、過去のすべてを受け入れて始まる、今日を。

http://www.kakubarhythm.com/special/kamodajun/
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by kamekitix | 2011-03-07 01:12 | Review
markこと加藤麻季が監督/脚本/主演/音楽の映画『THE Magician』を観た。
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月曜日に観た西光祐輔が「まじでヤバイ。最終的には"自分が間違ってた"と思うぐらいヤバイ」と話していて、これは観なくてはいけない、と思い、池袋まで行った。

夜の池袋は猥雑な雰囲気で、映画館が入っているロサ会館はゲームセンターや焼肉屋などが混在する古い建物で、気に入ってしまった。出入りする女の子たちがみんなやらせてくれそうな感じに見えた。

それはともかく『THE Magician』だ。

15分の短編だが、その濃密さは同時上映の他3本の比ではなかった。四本ともそれぞれ面白かったのだが(特に『スーサイドサイドカー』の長宗我部陽子の美しさは白眉)、『THE Magician』の、何かを伝えようとして放射されるパワーの根源的な強さは、完全に別格だった。

低予算ゆえのイノセンス(いわゆるヘタウマ感)という表層的なイメージでは測り切れない強度は、宇波拓がしきりに「ゴダールみたいだった」と言っていたとおり、映画という媒体のエッセンスそのものに肉迫する。

何かを本気で伝えようとしている、そのパッションが胸を打つ。そして、一般的には荒唐無稽にしか見えないカットが連続する展開が可愛くて笑ってしまう。主演であるmarkこと加藤麻季のキュートなファッションにも注目だ。

彼女が「こだわった」というエンドロールでは自作のイラストが数枚映し出されるのだが、「THE Uguisu」という絵が出てきたときには腹筋が痛くなるほど笑いを堪えた。その後「THE」とだけ書いたラクダの絵が映し出され、もう、堪えきれずシートに身を沈めてしまった。それらの絵がけっこう長い時間大映しになる贅沢な構成なのだ。

「何でラクダは"THE"だけやねん」とツッコミたくなる気持ちこそが彼女の言う「想像力」の喚起なのだと思った。

何かを表現する力、その本気度。「何をやってもいいんだ、本気ならば」という勇気を与えてくれる映画。

上映はあと一回。明日3月4日(金)、池袋シネマロサ。みなさん是非。

http://www.cinemarosa.net/spotted63vol2.htm
http://www.cinemarosa.net/annai.htm
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by kamekitix | 2011-03-03 01:13 | Review
「セルフ・ドキュメンタリー」という言葉が芸術のジャンルとしてどの程度普遍性を持っているのかWikipediaを検索するつもりもないが、その本質は、要するに「自分語り」にあり、最も顕著なフォームは私小説ということになるのだろう。

豊田道倫という歌手も、時に露悪的なまでに私生活を曝け出す私小説的手法の歌詞が特長だ。最近の新曲「2011」では「ガソリンスタンドの女の子/死んだ美佐子に似ていた/もしあいつと結婚してたら」と歌っていて驚いた。美佐子とは彼の元恋人の名前だ。もともとガールフレンドの名前を(かなりきわどい存在の女性も含めて)意図的に詩に織り込んできた豊田でさえ何となく「美佐子」の名前は封印していたような気がしていたので、今回の「2011」で「豊田の私的な描写もとうとうここまで来たか」と思った。美佐子は三年前に自殺しているのだ。

映像の世界で究極のセルフ・ドキュメンタリーと呼ばれるべきものは「ハメ撮り」であり、それを一般化した偉大なAV監督は、カンパニー松尾である。

豊田道倫とカンパニー松尾。

これはつまり究極のセルフ・ドキュメンタリストの邂逅で、すでに15年間、カンパニー松尾は豊田道倫を撮り続けている。

最初の10年分はすでに『豊田道倫 映像集1』『2』として五年毎に発売されてきた。2010年も多くのファンが「映像集3」の発売を期待していたのだが、松尾の本業が多忙を極めてリリースには至らず、とはいえ、至近五年の豊田の私生活や歌手としての変遷はかなり劇的で、これを松尾が撮らない訳はなく、折に触れ撮影を続け、完成した。発売予定がないのが不思議なくらい、前二作とは比較にならないぐらい、濃い内容だ。

岐阜の田舎のショッピングモールでのソロライブ。おれも朝から見に行ったが、何の変哲もないゴシック体でデザインされた「イベントステージ」という看板を見て、豊田道倫のマイルストーンになる記念日だと直感した。松尾率いるハマジムレコーズが主催した名古屋のストリップ劇場を借り切った不思議な音響のイベント。あぁ、このストリップ劇場も去年閉館してしまった。若くて鋭利なバンド=昆虫キッズを従えたステージでは客席にダイブ。ハイハットだけで人を殺せそうな稀代のドラマー=久下惠生とのデュオ。ライブ映像だけでも満腹だが、この五年間で彼が結婚と長男の誕生、離婚を経験しているがゆえに、その結婚披露パーティーでの演奏が圧倒的に面白い。いや、これは、感涙に暮れていた親族の皆さんの心中を察するに面白いと言っては失礼なのかも知れないが、面白いとしか言えない。人前結婚式で、新郎側の証人として「結婚誓約書」にサインをしたのはおれだ。普通の証人なら「お母様の涙を返せ」と憤るような映像だ。だが、おれもセルフ・ドキュメンタリストの端くれとして、これが面白くって仕方ない。爆笑披露宴映像。とにかく見所満載の、五年間である。

新婚の頃に豊田が制作したアルバムのタイトルは『しあわせのイメージ』だった。この五年間で、そのイメージは大きく揺れ動いた。いや、「しあわせのイメージ」を模索し続け、結局、全然つかめてない、と彼は思っているかも知れない。

今回の『映像集3』で最も印象的なシーンは、彼の40才を祝うコンサートの終演後、ステージで機材を片付ける彼と二才の息子が何か話し、ペットボトルの水を飲みあうカットだ。息子は母親のほうへ立ち去り、豊田も立ち上がって楽屋へ引き上げる。ギターのシールドが引っ掛かって、さっきのボトルが倒れた。横倒しになったボトルは放置され、キャップの締めが甘く、ポタリポタリと水滴がこぼれる。カンパニー松尾のカメラはそのボトルにフォーカスし、水滴を撮り続ける。脈を打つリズムで落ち続ける水滴はまるで鼓動のようだ。

ひとつだけ言えることは、カンパニー松尾に撮られ続けている歌手は世界で豊田道倫だけだという事実。

『映像集3』こそが、本当の意味で「しあわせのイメージ」なのだ。

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豊田道倫 映像集3 2006-2010 MOOSIC LAB version

2月26日(土)21時から *一夜限りの上映です
於:池袋 シネマ・ロサ
http://www.cinemarosa.net/annai.htm

MOOSIC LAB 上映スケジュール
http://www.cinemarosa.net/spotted63vol2.htm

予告はコチラ


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by kamekitix | 2011-02-22 02:42 | Review
どうも。オールザッツ漫才2010。今年も何の説明もなくいきなり淡々とレビューしていきます。


■一回戦

和牛(78)
「肌鬼」というフレーズが言いたかっただけだな。そしてあまり面白くなかった。弱い。オープニングに相応しくない感じ。

クロスバー直撃(147)
怪力ネタ。恒例の学芸会的工作。少なくとも話芸ではないし漫才でもない。普遍的に価値を見出されるべき芸風ではなく、早かれ遅かれ飽きられて良いだろう。「もう中学生」ぐらいオリジナリティがあれば工作芸として確立されて良いと思うが、もう中学生って最近テレビで見ないですね。この話、タブーなんですかね。もう吉本に何の遠慮もしないぜ。

見取り図(30)
チンポで締めた最悪の展開。絵を描くのだが別にうまくない。まだ若いみたいだし、実家が資産家とかじゃないなら、なるべく早いうちに転職すべきだ。

スリムクラブ(116)
ミリオネア・ネタ。普通の漫才における「ボケ一個」をゆっくりと演じることで一ネタにしてしまう。これはNYアンダーグラウンドロックにおけるSWANSの発想ですね。素晴らしいです。

モストデンジャラストリオ(71)
一回も笑えない。素のトークも薄くて、びっくりするほどつまらない。最悪なのは「少しは面白いのではないか」と思っているっぽいところ。誰かハッキリ言ってあげたほうが良いよ。芸歴何年だか知らないが、素人だとしても面白くないレベル。

尼神インター(124)
久しぶりに見た。ネタ弱いなー。意味わからん。学芸会レベル。でも、可愛いです。キャラクターの勝利。芝居が下手すぎて笑える。

ビタミンS(141)
スキルも着眼点も中途半端で、相変わらずノリが気持ち悪い。ただ女子アナウンサーに扮した妹はエロい。こういう地方アナいるいる。可愛いです。

2700(149)
「このダンス」最高。さっきWikipediaで見たら踊ってる彼は美容整形したことで知られているらしく、身体を張っている潔さを感じる。まぁ、全然、漫才ではないけどな。

シャングリラ(76)
田島陽子キャラで押すトリオ。チョイスにセンスを感じない。他人を笑わせようという意気を感じない。芝居がやりたいなら吉本じゃないほうが良いのではないか。

チーモンチョーチュウ(43)
うわー、シーンとしちゃった。東京では中堅どころのはず。かわいそうなぐらいの低得点だが、この精度では仕方ない。オールザッツをなめていたのだろうか。1分間って難しいよねー。

ツジカオルコ(77)
パンツ丸見えの本気ダンス。パンツプラス何らかの思惟がなければ芸として成立しない。ツジカオルコが芸人として成功するヒントは、プーさんを抱いていた頃のケンコバの舞台にあるような気がする。この人は実は謙虚で心根の優しい人のように思えて、何となく応援したくなります。

天使と悪魔(44)
テレビ初出演だったそうです。時期尚早。小学生以下。

ウーマンラッシュアワー(31)
まさかの最低得点。この人達の漫才はこんなもんじゃない。1分間って難しいよねー。ネタよりトークのほうが面白かった。「スリムクラブの4分のネタを1分で出来る」と言ってたけど、彼らなら15秒でできるよ。

プリマ旦那(68)
うわー、このコンビ名、めちゃくちゃ面白い。ネタは内輪受けで最低。これを認めたらダメです。演芸を後退させる愚行。

かりんとう(73)
ウーイェイよしたかとキャラが被っていることを押していたが、別に被ってない。まったく伸びしろを感じさせない。「かりんとう」というコンビ名の由来を知りたい。そこに面白いエピソードがないなら実家に帰るべきだ。無理でしょ。だって「かりんとう」だぜ。

学天即(104)
プロ野球好プレーのネタ。ラジカセのCDが良いタイミングで音飛びした。ぼくは好きだけど結局とんねるずの「細かすぎて伝わらないモノマネ」の影響下にある芸に過ぎない。

つばさ・きよし(82)
弟子をしているだけに芸人らしい漫才スタイルだが、ツッコミのほうが、何だか一人で勝手に笑うのが許せない。あなた全然面白くないですよ。センス感じない。

アイロンヘッド(103)
すみません。何を言ってるのか全然聞き取れなかった。ゲームか何かのネタなのかな。何なんでしょうか。すみません。わからなかったです。でも、わからなくていいです。

ファミリーレストラン(144)
交互にギャグを言う単純な構成。「名神高速、私を先頭に6kmの渋滞です」。奇跡の高得点に場内騒然。「長いことやってるといいことありますね」という謙虚さが実ったのか。不覚にもファミリーレストランで初めて笑ってしまった。

ソーセージ(106)
3回目の出場なのか。全然記憶にない。批判性を内包したよく出来たコント。下げ方がもう少し強ければもっとインパクトを残せただろう。インテリジェントだ。

祇園(67)
ホームラン打つ野球選手と手術受ける少年。よくできたネタですが、あまり受けてなかったですね。丁寧に作ってあるな、と思いました。おれが疲れてきた。

ポラロイドマガジン(83)
トレーナーの下で腕を動かす不思議な手品を三人で。可愛いけど、プロの芸とは言えないね。文化祭レベル。

ミルクボーイ(125)
肯定と否定を繰り返していく本格的なしゃべくり漫才。ブラマヨの影響を感じさせる。客席はこれを待っていた。こういうスタイルに飢えていた。素晴らしい正統派です。

亜修羅(146)
韓国軍隊ネタ。これもとんねるずの番組みたい。っていうか、全然面白くなくて一回も笑わなかったのに得点が高くて驚いた。何これ。わかんない。

ドルフィンズ(37)
タフィ・ローズのモノマネ。明るくて優しい良い子達なんだろうけど、芸人とは呼べないレベル。このネタで舞台に上がろうと思った時点でアウトでしょう。

御茶ノ水男子(97)
すみません。アンパンマンもアメリカンコミックも知らないので、それを掛け合わせられても全然わかんなかった。かなり高度なスキルで演じられていたっぽいので、残念です。だって知らないんだもの。なんだかシュッとした青年達で、きっと東京では人気なのではないかな。

タナからイケダ(88)
観た記憶がない。メモには「海老蔵ネタはないね」とだけ書いてある。録画を見直すまでもないと思います。

村越周司(100)
「思ってたよりナントカ」というネタ。あるある系のネタをテンションで笑わせる感じ。思ってたより面白くなかったです。センス感じないなぁ。どういう経緯で復帰されたのか、その覚悟は相当のものだと思いますが、今夜のネタと振る舞いを見る限りでは、一般人に戻ったほうが良いと思う。

カバと爆ノ介(54)
観た記憶がない。メモには「うるさい」とだけ書いてある。録画を見直すまでもないと思います。

ダブルアート(111)
凶悪な顔のコンビ。なかなか良いですね。「殺す」「殺す」言うてますし。ネタとルックスにフィット感があって、方向性にブレがない感じ。

プラスマイナス(132)
巨人師匠のモノマネ。ただそれだけ。何が面白いのか。

スーパーマラドーナ(53)
冒頭でボケ倒し、「ボケ数多いと偉いのか」「賞レース病か」と反撃するメタ漫才。凄く面白いし、構成がしっかりしている。今回のオールザッツは審査している観客のレベルが低い。

GAG少年楽団(87)
オチがなかった。GAGはもっと面白いはず。これでもスーパーマラドーナより高得点というのは信じられない。

ガスマスクガール(109)
カッパと戦うネタ。オチは山瀬まみ。それだけ。相対的なネタでアクション頼み。知性を感じさせる絶対的なネタを作れる人達だと思うのだが、ここ二年ぐらいあまり面白くないね。

ヘッドライト(93)
バイトの卒業式。もう何年も出てるのに、なぜ時間を読み切れないんだろう。ボケの精度は高いので、それを畳み掛ければいいのに、途中で歌を唄いだして「こいつらバカだ」と思ってしまった。


■準決勝

亜修羅(35)
つまんねー。ムード頼み。韓国の軍隊ネタ。何なのこれ。

ダブルアート(44)
一回戦のほうが面白かった。

スリムクラブ(135)
「これは2200年ぐらいの話ッ」で無理やり落とした。強引だ。今「この二人が何を言っても笑うモード」になってしまっている。

尼神インター(101)
一回戦と同じタイミングでレッドアウト。全然面白くないけど、見せ場を作ってスタンディング・オベーション。言っておくけどネタは全然面白くないからね。受けた訳じゃないってことを忘れないでほしい。

ビタミンS(81)
妹のメイクがうまくて、可愛くてたまらない。

ミルクボーイ(122)
その人物を「師匠」と呼んで良いかどうか、について肯定/否定(とそのツッコミ)を繰り返していくパターン。話芸として優れた才能を感じるが、これを長尺の漫才に組み込んだときにどんな舞台を演じているのだろうか。興味深い実力派と言えよう。

プラスマイナス(125)
芸達者だとは思うが、一瞬も面白いと思えないなー、と思ってたら司会の哲夫が「おまえらが何してもおれは絶対笑わん」と全否定していたので嬉しかった。それを聞いた西田はしばらく腹を抱えて笑っていた。

2700(133)
「このダンス」二回目。否応無く笑える。

ガスマスクガール(80)
なんとなく山瀬まみをかぶせてくる気がしたら、そのまんまだったので、心底バカにされたような不快感を覚えた。

クロスバー直撃(82)
オルゴール? ちょっと何やってんのかわからなかった。

ファミリーレストラン(103)
準決勝でも三桁を叩き出した驚異。やっていることは去年と変わらないのだが。苦節八年、おれも昨年までありとあらゆる罵詈雑言を彼らに浴びせてきましたが、初めて観客が味方してくれましたね。

ソーセージ(57)
よく練習している。彼らは若いけどプロフェッショナルだな。素晴らしい。好感が持てる。トミー・フェブラリーに似てる。


■決勝

2700(144)
右肘左肘交互に見て圧勝。トランプを投げ捨てて後ろに蹴り飛ばした瞬間に優勝は決まった。この人達がいなかったら、今年のオールザッツはどうなっていただろうか、と考えると恐ろしい。

スリムクラブ(63)
「この星でいちばんレベルの低い生物」が降臨。怖いわー。ほんと怖い。

プラスマイナス(87)
笑い飯のモノマネからのオポチュニティ。こういうテンションの一発芸って、ぼんちおさむから脈々と続くものなんだろうけど、なかやまきんに君で終わりにしておいてほしかったな。


■ネタ組

モンスターエンジン
これだけボケているのに爆発的な笑いが起きないのは、ツッコミのボキャブラリーが貧しいからではないだろうか。大林のツッコミは「どういう意味ですか」「何なんすか」を交互に言うばかりで、ボケを拾ってないし、まったく広げていない。

ダイアン
コンビニ・ネタでここまで面白い漫才はないでしょうね。店員二人の設定になってから「客やれや」まで実に2分45秒の壮大なボケ。その後も「雷鳥の定期の大きさはiPadぐらいある」など細かいボケの連打。ダイアン最高。

笑い飯
笑い飯の虫関係のネタはたいていつまらない。

かまいたち
学級会ネタ。銅鑼を封印し、ひらがなになって久しいかまいたちだが、元々センスも実力もないキャラ頼みだったので、今、実にひどいことになっている。無理だ。見てられない。

千鳥
カカア天下ネタ。「クセがある」って言葉の意味が引っ掛かり続ける不思議な漫才だが、ボケの語彙が突飛なので飽きない。面白い。

銀シャリ
「カツとじということでよろしいな」という一箇所だけ爆笑。あとはくどい。引っ張りすぎ。

ザ・プラン9
アンジェラの一日店長。さすがにキレイにまとめる。スローモーションの演出を逆手に取った笑い。

アジアン
前人未到の境地に踏み込んだアジアン。ただのまったりしたガールズ・トークで、オチも何もない。馬場園が普通に可愛くなってしまったせいで生じている、気持ち悪い過渡期。

ミサイルマン
こいつらがネタ組なのがわかんない。ほんとにつまらん。メモ読むな。「客」って言うな。テレビ出るな。舞台に立つな。酷すぎる。客席は一度も映らず。

スマイル
早口言葉ネタ。「西川ヘレンのボトルキープなかなか減れへん」。キャラが安定して認知された為に安心して見れるコンビになったが、もっとスキャンダラスな存在でいてほしい。

ギャロップ
恋の出会いにハンカチを落として拾うという古典的なネタだが、圧倒的に面白かった。無駄の無い完璧な構成。緻密な展開。高いスキル。ギャロップ、見直した。今夜いちばん笑ったかも。これぞ漫才です。

テンダラー
水戸黄門と仕事人のネタ。全体的に空回りのテンション芸。披露宴の二次会かなんかで偶然見たらすごく面白いんでしょうけど、金払って見る気にはならないですね。

藤崎マーケット
前回優勝の「細かいモノマネ」。まとめて見ると有り難味が減るのか、だんだん面白くなくなっていった。1分ずつだと面白いのかな。

ストリーク
つまらないストリークが戻ってきた。不思議なものですね。完全に飽きられてしまったのですね。受けないコンビが焦って声を張ると、そのトーンが限りなくシャンプーハットに似てくるということに気づいた。

天竺鼠
ショートコントの歌。これ好きなんですよね。不遜でアバンギャルドな由緒正しいダウンタウン・チルドレンだと思います。

レイザーラモンRG
いきなり「タカラヅカ月組」を「タカラヅキ」と言ってしまう猛烈な噛み神。延々と客席いじり。

野性爆弾
「亀と満月の関係」。

土肥ポン太
関西ローカル・テレビのあるあるナレーションで押し捲るも、ひどくつまらない。ボツにすべきネタをあえて採用した勇気に感服。中山功太もたむけんもケンコバもいないオールザッツのトリとしてはまったく実力不足の悲しい結果だった。
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by kamekitix | 2011-01-03 22:19 | Review
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